『鳥飼否宇「生徒会書記はときどき饒舌」
第12話 未来への暗号(前編) 』

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アタマをきたえる
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#学校#将来
2023.07.31
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 S中では毎年7月に選挙がおこなわれ、新しい生徒会のメンバーが決まることになっていた。
今日は投票日の前日、放課後の体育館で新しい生徒会長に立候補をした3人の2年生による演説会がおこなわれている。
 最初に演説したのは眼鏡(めがね)をかけた長身の男子生徒で、意見箱を取り入れて中学校をもっとよりよいものに改革していくことを公約にかかげた。
「いいこと言ってるみたいに聞こえますが、具体的になにをしたいのかよくわかりませんね」
 生徒会で会計を担当している浜松大雅が演説を聞いて厳しい評価を下した。
3年生となり受験勉強が迫ってきて、任期も残りわずかとなった現役生徒会のメンバーたちは興味しんしんに演説会のようすをうかがっていた。
「悠馬も去年の演説会では緊張した?」
 庶務の北原翔が、副会長の佐野悠馬に聞いた。
悠馬は、サッカー場を作ってS中をサッカーの強豪校にするという公約をかかげて昨年の選挙にのぞみ、それなりに票を集めたのだが、惜(お)しくも岡村さくらに敗れてしまったのだった。
「いや、おれは人前で話すのなんかまったく気にならないタイプだから、平気だったな。おっ、そんなことより虎太郎の出番だ。あいつ、だいじょうぶかな......」
 2番目に演説するのは星野虎太郎だった。
家が近所ということもあり、幼いころから悠馬の遊び相手として子分のように連れまわされていた。
その縁もあってしばしば生徒会活動にも顔を出し、現在のメンバーたちにもかわいがられていた。
祖父の星野達男が農家だったため、使っていなかった田んぼを借りて、現メンバー中心に稲作に挑戦していた。
鳥好き、自然好きの虎太郎の選挙公約は、「水田を復活させて、豊かな自然を取り戻す」だった。
 虎太郎が壇上(だんじょう)にあがり、緊張した顔で話しはじめた。
「S中のみなさん、サシバという鳥を知っていますか。日本の里山で子育てをおこなうタカで、この鳥がいればまわりの環境が豊かな証拠です。実はこのサシバが、S中校区にもいるんです!」
 生徒会長のさくらが首をかしげた。
「まじめな虎太郎くんらしいけど、いきなり鳥の話からってのはどうかなあ」
 さくらが心配するように、体育館はざわざわしはじめていた。
それでも虎太郎は、一生懸命、演説を続けた。サシバのような鳥が生きていける環境は、ヘビやカエルや昆虫などの小動物にとっても生活しやすい場所であり、草花も豊富で、もちろん人間にも安心して暮らせる場所であること。
これまで人間は自然と対立し開発することで、文明を発展させてきたけれど、このままではやがて地球が悲鳴を上げ、ヒトを含めたすべての生物が影響を受けること。だから、これからは自然の価値を認め、自然と共生することが重要だ、と訴えた。
 虎太郎の話に耳を傾けていた書記の大場心美が、小さな声で言った。
「ネイチャーポジティブのことまでわかってるなんて、すごい!」
 さくらが心美のつぶやきを聞きつけた。
「ネイチャーポジティブ? それってなに?」
「日本語で言えば、自然再興。生物多様性が失われるのを食い止め、自然を回復させることです。今後、人間社会が発展していくためにはネイチャーポジティブの考えかたが絶対必要だと言われています」

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 心美が顔を赤らめながら説明すると、さくらが「ふーん」と感心した。
「虎太郎くん、いつのまにかそんなことまで考えられるようになっていたんだ。最初会ったときはまだ幼い感じだったけど、すっかり成長したね」
 まるで自分の息子の晴れ舞台を見るかのように目を細めるさくらのとなりで、ここでも大雅が辛口のコメントをした。
「彼の考え方は正しいかもしれませんが、話が大きすぎますね。だからなにをやるのかということを語らないと、みんなには伝わりませんよ」
 大雅の言うように、体育館に集まった多くの生徒は虎太郎の演説をあまり真剣に聞いていなかった。隣の友だちと雑談をはじめる生徒も目立っていた。すると、虎太郎が突然、声の調子を変えた。
「ところでみなさんはお米が好きですか。ぼくは大好きです。知っている人も多いと思いますが、今、S中の生徒会のメンバ―を中心にお米作りをしています。お米が収穫できたら、それを文化祭のときにおにぎりにして来場者に提供したらいいんじゃないかと思います。サシバの暮らせる豊かな環境でとれた安全なお米、これを『サシバ米(まい)』としてブランド化し、全国にアピールしたいと思います。このS中から、地域おこしをしかけるのです!」
 話が具体的になってきたので、それまでそっぽを向いていた生徒たちも、次第に虎太郎に注目するようになってきた。
「虎太郎くん、なんだか元気になってきたね。言ってることがわかりやすくなってきた」
 さくらが大きな目をきらきらさせると、悠馬がうなずいた。
「たしかに。それにしてもお米で地域おこしとは、大きく出たな」
 虎太郎の演説は終盤にさしかかっていた。
「ということで、最後にぼくの公約を述べます。公約は、『おにぎりで笑顔に挑戦、町おこし』です。ちょっとわかりにくいかもしれませんが、この公約、暗号になってます。よかったら考えてみてください。どうかよろしくお願いします」
 虎太郎が頭を下げると、会場から拍手がパラパラと拍手が起こった。
それよりもざわめきのほうが大きかったかもしれない。虎太郎が最後に言った「暗号」ということばに、生徒たちが反応したのだ。
「暗号ってなに?」「俺、ちゃんと聞いてなかったからわかんない」などといった声があがっていた。
「おもしろいまとめかたでしたね」大雅が眼鏡に手をかけた。「少なくとも聴衆の心はつかめたようです。意味はちょっとわかりませんでしたが」
「えっ、浜松も暗号の意味がわかんなかったの?」悠馬が聞いた。
「残念ながら」大雅は思いきり首をひねった。
 そこへ翔が割りこんだ。

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「まさか暗号でしめくくるとは驚いたな。だったら、校庭のあれも、もしかしたら虎太郎のしわざだったってことか?」
「ありうるな」悠馬がうなずいた。
 S中では、このところ奇妙な事件が二日連続で発生していた。
 最初の事件が起こったのは、昨日の朝、校庭にこんな数式が書かれていたのだ。
  900=30×?
 ひとつの数字の大きさは縦が5メートル、横が3メートルほど。
数式全体だと、横はばが25メートルほどになり、校舎の屋上にかかげてある「創立120周年」という看板の文字にひけをとらない大きさだった。
書かれた文字が大きすぎ、校庭にいてはかえって全体をとらえることができなかった。
校舎の2階か3階から校庭を見下ろしたときに初めてそこに数式が書かれていることがわかったのだった。
 数式は校庭の土をけずって書かれていた。おそらくスコップなどの道具が使われたのだろう。前の日の夕方まではなかったので、何者かが夜のうちに書いたものだと想像された。
時間さえかければひとりで書くことも可能だと思われるが、だれがなんのために書いたのかについてはさっぱりわからなかった。
 数式の答えは考えるまでもなかった。{?}に入るのは「30」だろう。小学生でも答えられる簡単すぎる問題だった。
 生徒のいたずらだろう。S中の先生たちはそう考え、大きな問題にしなかった。とりあえず数式を消して、名乗り出てくる生徒がいないかようすをみることにした。すると今日の朝、やはり校庭に同じ方法で、別の文字が書きこまれていたのだ。
 348→4188
 これは数式ではなかった。ふたつの数字が矢印でつながれている。近頃はやっている「脳トレ」のようなパズル問題なのだろうか。先生、生徒を含め、学校中の話題となり、誰がなんのためにこんなことをやっているのかについて、いろんな意見が出ていた。
「小学生がおもしろはんぶんにやっているのではないか」、「なにか大きな事件を起こす前の犯行予告ではないか」、「生徒会選挙に関係したメッセージではないか」などの説がとなえられたが、みんなを納得させられる答えはなかった。
 その騒ぎはおさまらないまま放課後となり、この演説会がはじまったのだった。
「きっと虎太郎が自分の演説に注目を引きつけるためにやったんだと思う。あいついつからそんな悪賢くなったんだ? 悠馬の悪影響を受けてんじゃねえの」
「バカ言うな。おれがいつ虎太郎をそそのかしたっていうんだよ」
 いつものように悠馬と翔が言い争いをはじめたとき、大雅が突然声をあげた。
「あ、わかりました!」
その声が大きかったので、近くにいた生徒たちがびっくりして振り返った。
「浜松くん、なにがわかったの?」
 目を見開いてさくらが興味を示した。
「今日の暗号の意味ですよ。虎太郎くんが犯人と考えたらわかりました。
『348』は数字ではなく、語呂合わせで『サシバ』を表しているのではないでしょうか。『3』が『サ』、『4』が『シ』、『8』が『バ』なんですよ。同じように、『41』は『よい』ではないかと」
「なるほどね」さくらがうなずいた。「じゃあ、『88』は?」
「『米』ですよ。『米』という漢字を分解すれば『八』、『十』、『八』になるでしょう。
つまり、『348→4188』という暗号は、『サシバのいる環境がよいお米につながる』というメッセージだったわけです。虎太郎くんの公約そのものじゃないですか!」

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「なるほど、そういう意味だったのか。じゃあ、最初に書かれた数式は?」
 悠馬の放った質問に、大雅が「いや、まだそこまではわかりません」と首をひねったとき、3人目の立候補者であるポニーテールの女子生徒がステージに上がった。
女子生徒は、「ノー制服デーを作って、みんなの個性が輝く学校にしよう!」を公約にかかげ、集まった生徒たちから大きな拍手をあびた。
 そうして演説会は終了した。生徒会メンバーは暗号の真相を虎太郎に聞こうと、生徒会室に場所を移して待ち構えていたが、明日の投票日の準備などで忙しいようで、顔を見せることはなかった。

マンガ イラスト©中山ゆき/コルク





■著者紹介■
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。

■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。

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2023.07.31

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