『鳥飼否宇「生徒会書記はときどき饒舌」
第5話 外来種失踪(しっそう)事件(後編)』

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アタマをきたえる
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#学校#将来
2023.01.15
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 翌日の放課後、いつものように生徒会のメンバーが生徒会室にたむろっていると、昨日と同じように、生物部の黒瀬千紘が息を切らせて駆(か)け込んできた。
「大場さんが言ってたように、万吉が見つかりました!」
 生徒会長の岡村さくらはちらっと書記の大場心美に目をやってから、千紘に聞いた。
「どこで見つかったの?」
「それが水槽(すいそう)のなかに戻ってたんです!」
「えっ、万作が自力で戻ってきたってこと?」
 副会長の佐野悠馬は、いつもカメの名前を間違えていた。
「だから、万吉ですって! さすがに自力で戻ることはできないと思います。脱出した方法は今もわかりませんが、水槽の穴から出ることさえできれば、重力で床に落下して、そこから歩いて逃げることはできます。でも、戻るためには、まずは水槽を置いてある高さ70センチの棚をよじのぼらねばなりませんが、万吉には不可能です」
「じゃあ、どうして水槽のなかにいたんだよ?」
 悠馬が質問すると、会計の浜松大雅がにやっと笑った。
「考えられるのは、人が水槽に戻したということでしょう」
「だれが戻したっていうんだよ?」
 首をかしげる悠馬に、大雅が答えた。
「浜田先生だと思います。この中学のほとんどの人は万吉が理科室のすみで飼われていたことを知りません。しかし、生物部の唯一の部員である黒瀬さんと、顧問の浜田先生はよく知っていました。しかも浜田先生は理科室の責任者でもある。今日、理科室に向かう途中、おそらくろうかのどこかで万吉を見つけたのでしょう。それで拾い上げて、理科室に戻したのですよ、きっと」
「浜松くん、今、ろうかって言った? 万吉は理科室から逃げられなかったはずじゃないの?」
 さくらに問いかけられ、大雅は眼鏡(めがね)に手をかけた。
「昨日帰ってからよく考えてみました。そして、勘違いしていたことに気がついたんです。実は理科室から外に逃げるチャンスはあったのですよ。昨日、黒瀬さんは2回、理科室に入っていますね」
「ええ」千紘がうなずいた。「1回目は万吉の世話をしようとして一人で入り、2回目はいなくなった万吉を探すためにみんなで入りました」
「黒瀬さんが1回目に理科室に入ったとき、万吉はすでに水槽から逃げ出し、ドアのすぐそばにいたのでしょう。そしてドアが開いたすきにろうかに出たのですよ。この時点で黒瀬さんは万吉が水槽から逃げ出したなんて知らないから、足元にも注意を払っていなかったはず。黒瀬さんが万吉の失踪に気づき、理科室内を探し回っているあいだに、万吉はろうかを歩いて、消火器のかげとか、目立たない場所に逃げ込んだ。カメは冬眠する動物です。水槽にはヒーターがあったから動き回れましたが、廊下に出てしまったカメは寒さで動けなくなってしまった。そして、それを今日、浜田先生が見つけて、元の場所に戻したというわけですよ」
「そうだったんだ! さっそく浜田先生にお礼を言わなきゃ。じゃあね」
 千紘はうれししそうに笑い、生徒会室から出ていった。昨日早く帰宅したために話題についてこられないようすだった庶務の北原翔に、悠馬が理科室でのできごとを教えていた。悠馬が説明を終えると、さくらが大きな目を心美に向けて首をかしげた。
「でも、どうして大場さんは、万吉が今日見つかるってわかっていたの?」
「それは......」心美はもじもじと言いよどみ、「なんとなくそんな予感がしたんです」と答えた。
 そのとき、大雅がタブレットを取り出して、話題を変えた。
「それはそうと、昨日外来種の話をしていたじゃないですか。気になって昨日、家で調べてみたんですよ。そしたら、『世界の侵略的外来種ワースト100』というのを見つけました。ミシシッピアカミミガメはその一つに選ばれているんですよ」
 大雅が画面に一覧を表示すると、すぐに悠馬がのぞき込んだ。
「どれどれ。本当だ。ワースト100ってことは、相当な悪者ってことか」
「世界中生態系に深刻な悪影響を及ぼしている生物ということでしょうね。昨日黒瀬さんが言っていたウシガエルやオオクチバスも選ばれています」
「本当だ」さくらもタブレットをのぞき込んだ。「コイとかニジマスも入ってるんだ。コイはなんでも食べて大きくなると天敵がいないって書いてある。ニジマスのほうはどん欲で渓流(けいりゅう)の生態系を乱す、だって」
 大雅がタブレットを操作し、別のページを表示した。
「そしてこちらが『日本の侵略的外来種ワースト100』です。特に日本の生態系を乱す外来種ですね。ミシシッピアカミミガメ、ウシガエル、オオクチバスもニジマスは、こちらにも選ばれています」
「なるほど」悠馬が納得した。「けっこう重なっている種が多いんだね。でも、日本のほうにはコイは入っていないね」
「コイは元々日本にいたから、外来種じゃないんですよ」
「あ、そうか」大雅が自分の頭をこつんと叩(たた)いた。
 じっと画面を見ていたさくらが声を上げた。
「ほ乳類を見てみて。アライグマとかマングースは聞いたことがあったけど、ノネコって何かしら?」
「ノラネコなら聞いたことがあるけど」と悠馬。
 大雅が再び眼鏡に手を添えた。
「それも調べてみました。ノラネコは野外で暮らすネコのうち、人が住んでいる場所の近くにいて、人から食べ物をもらったりしているネコ。このノラネコが野山に入っていったり、人が山に捨てたりして、自力で生活するようになると、ノネコと呼ばれるようです。生きていくために、野生の動物を食べるから、問題になっているそうです」
「ペットのネコを山に捨てちゃうなんて、信じられない!」
 さくらがまゆをひそめると、大雅が説明を続けた。

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「現在、日本で野生化している外来の脊椎(せきつい)動物は99種にのぼり、そのうちの56種がペット由来だそうです。それだけ多くのペットが捨てられているということでしょうか」

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 部屋のすみで本を読んでいた心美が、ふいに顔を上げて言った。
「ネコカフェとかフクロウカフェとか、動物に触れあえるカフェを町なかでよく見かけますよね。あれ、日本以外の国ではほとんど見られないそうです。日本人はいろんな動物をペットにするのが好きで、世界中からたくさん輸入しているって聞いたことがあります。ペットは死ぬまで飼い主が面倒を見るべきなんですけど、途中で飼いきれなくなって野外に逃がしてしまう。そういう外来種が多いんです」

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 頬(ほお)を真っ赤にして主張した心美に微笑みかけながら、さくらが言った。
「本当ね。ミシシッピアカミミガメだって、元はペットのミドリガメだもん。無責任にペットを飼う人が多いから、外来種の問題が起こるのよ。捨てられた動物は本能にしたがって生きているだけで、元はといえば人間の責任だと思う」
 ずっとおとなしくしていた翔が、ここで口を開いた。
「ペットは脊椎動物ばかりじゃないよ。昆虫だってペットになるだろ?」
 すぐに悠馬が反応する。
「クワガタとかカブトムシとか飼っている人多いよな」
「日本では外国産のクワガタやカブトがたくさん売られていて、それが逃げ出したのか、人が逃がしたのかわからないけど、野外で見つかったりもしている。それだけならまだしも、日本産のクワガタと外国産のクワガタが交雑したりすることもあるみたいなんだ。それが増えていったら、日本産クワガタの遺伝子がかき乱されてしまう。そんな心配がされているみたいだ」
「さすが、虫オタ!」
悠馬はそうからかって、ふと翔の右手の甲に目をやった。そこにはばんそうこうが張られ、血がにじんでいた。
「あれ、翔、どうしたんだ、その傷?」
「あっ」翔があわてて右手を隠した。
「あやしいな。どれ、見せてみろ!」
 悠馬に手を取られそうになり、翔が言った。
「ガラスで切ったんだよ」
「ん? いつ、どこで?」
 悠馬が問いつめても、翔は黙(だま)り込んでしまった。すると、心美が小さな声で言った。
「今朝、理科室の水槽でけがしたんじゃないですか?」
 翔がびっくりしたような目を心美に向けた。
「どうしてわかったんだよ?」
「犬はふつう20年も生きませんから」
 唐突な心美の発言に、さくらが首をかしげた。
「大場さん、どういう意味? わかりやすく説明してもらえる」
「あ、すみません」心美が頭を下げる。「昨日、北原くんの家におばあさんが訪ねてくるという話でしたよね。20年前におじいさんと一緒に飼っていたペットの顔を見にくるって。北原くんはとっさに家で飼っている愛犬テツの名前を出しましたけど、犬は20年も生きません。だから、おばあさんが会いにきたのは、別のペットですよね」
 口をつぐんだままの翔に代わって、悠馬が聞いた。
「20年も生きるペットっているか?」
「インコやオウムは長生きで、そのくらい生きる種類もいます。そしてもっと長生きなのがカメです。北原くんのおばあさんはカメに会いにきたんじゃないでしょうか?」
 さくらは心美が言おうとしていることがわかってきた。
「カメって、もしかしてミシシッピアカミミガメ?」
「はい」心美が大きくうなずいたので、眼鏡が揺れた。
「北原くんのおじいさんとおばあさんは縁日かどこかでミドリガメを買ってきて飼われていたんじゃないでしょうか。それが次第に大きくなり、やがておじいさんは亡くなられた。続いて、おばあさんが施設に入ることになり、カメは北原くんの家にやってきた。おばあさんは年に一度、墓参りのときに北原くんの家に寄って、昔育てていたカメに会うのを楽しみにしていた。ところが去年、おばあさんが会いにこられたあと、カメは死んでしまった。いくらカメが長生きだと言っても、寿命はありますから、死ぬカメだっています」
 ここまで一気にしゃべり、心美はいったん言葉を切って、深呼吸をした。そして続けた。
「今年もおじいさんの命日になり、おばあさんがやってくることになった。でも、カメが死んでしまったことを知られると、おばあさんが悲しんでしまう。おばあさんの悲しむ顔が見たくない北原くんはある作戦を考えた。そうですよね?」
 心美に見透かされていると知り、ついに翔が白状した。
「大雅、おまえは知らなかったかもしれないけど、おれは理科室で万吉が飼われていることを前から知っていた。あのカメを一日だけ借りられないかと思って、理科室に行ってみると、なんと水槽が割れていて、簡単に万吉を持ち出すことができたんだ。本当は浜田先生か黒瀬に断らなきゃなんなかったんだけど、一日だけだからいいかと思っていたら、なんだかおおごとになってきた。だから、昨日は途中で帰ったんだ」
「万吉はスポーツバッグのなかにいたんですね」と心美。
「そこまでお見通しとは。恐れ入りました。今日の朝、万吉を水槽に戻すときに、焦って水槽のガラスで手を切ったってわけ。お騒がせしました」
 翔が頭を下げたとき、ドアが開いて千紘が入ってきた。
「浜田先生は万吉を見つけたりしてないって。どういうこと?」

マンガ イラスト©中山ゆき/コルク





■著者紹介■
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。

■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。

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