『鳥飼否宇「生徒会書記はときどき饒舌」最終回!
第12話 未来への暗号(後編) 』

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アタマをきたえる
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#学校#将来
2023.08.15
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 演説会の翌日が生徒会選挙の投票日だった。
即日開票の結果、新しい生徒会長はポニーテールの女子生徒に決まった。
2位の星野虎太郎の倍以上の得票数を獲得し、文句なしの圧勝だった。
岡村さくらに続き、S中では2年連続で女子生徒会長の誕生となった。
「生徒会室でこうやってダラダラできるのも今日が最後か」
 佐野悠馬が物思いにふけった。
今日中には新しい生徒会役員が決まるので、現在のメンバーの任期は今日までだった。
 すると、ドアが開き、虎太郎が入ってきた。そして、突然頭を下げた。
「先輩のみなさん、応援いただいたにもかかわらず、生徒会長になれず申し訳ありませんでした」
「虎太郎くん、残念だったね。でも、よくがんばった。サシバ米のアイディアもよかったと思う」
 さくらがなぐさめると、虎太郎は手を頭の後ろに回し、照れ隠しに頭をかいた。
「アイディアは悪くなかったですが、暗号を使ってまでアピールしたのは、ちょっとやりすぎだったのではないでしょうか」
 浜松大雅のことばには、軽く非難するようなひびきが含まれていた。
それを感じ取って、虎太郎がかしこまった。
「悪ふざけしすぎたでしょうか。すみません。でも、あの暗号、わかりましたか?」
「『サシバのいる環境がよいお米につながる』って意味でしょう」
 大雅が眼鏡に手を添えて答えると、虎太郎はきょとんとした表情になった。
「えっ......。あっ、それってもしかして、昨日の朝、校庭に書かれていた数字の暗号のことですか。318から4188に矢印がのびていたやつ。ぼくもあの暗号の答えは、浜松先輩のおっしゃるように『サシバがいればよいお米ができる』とか、そんなふうに解読するんだろうと思います」
「思いますって、虎太郎。ひとごとみたいに言うなよ」
 悠馬が声の勢いを強めると、虎太郎が目を見開いて反論した。
「だって、ひとごとですもん。もしや、あの暗号、ぼくがやったと思われています? 違いますよ。その前の日に校庭に書かれた暗号も、ぼくが作ったんじゃありません」
「だって、ついさっき『あの暗号、わかりましたか』って挑戦的に言ってたじゃん」
「勘違いです。ぼくが『わかりましたか』って聞いたのは、昨日のぼくが演説の最後に言った、『おにぎりで笑顔に挑戦、町おこし』って暗号のことですよ」
「そういえば、そんなこと言ってたな」北原翔が手を打った。「でも、それのどこが暗号なの?」
「わかった気がします」
部屋の奥でみんなのやりとりを聞いていた大場心美がそっと手をあげた。
「単語の頭文字をローマ字にしていけばいいんですよね。『おにぎり』の『O』、『えがお』の『E』、『ちょうせん』の『C』、『まちおこし』の『M』......暗号の答えは『OECM』ではないでしょうか」
「大正解です!」
 虎太郎は拍手をしたが、ほかのメンバーはぽかんとしていた。
代表して悠馬が質問した。
「で、そのOECMってのはなんだよ?」
「Other effective area-based conservation measuresの略語です」
虎太郎がきれいな発音で言った。
「ちょっと日本語に訳しにくいんですけど、国立公園などの国や自治体が法律で自然を保全している地域以外で、生物多様性の保全に貢献している場所、もっとざっくり言えば、個人や会社が持っているような土地のなかで人知れず生物多様性の保全に貢献している場所というような意味です」
 説明を受けても、悠馬たちは相変わらずぽかんとしていた。虎太郎が続けた。
「もっと身近な例で説明すれば、ぼくたちがいま無農薬で取り組んでいる水田なんかがそれに当てはまります。サシバが暮らせるくらい自然が豊かな里山、これは間違いなくOECMです」
「わかった」さくらの大きな目がようやく輝いた。「サシバ米ができるような里山はそのOECMにふさわしい、そういうメッセージをこめた暗号だったのね」
「岡村会長というか前会長、さすがです」
虎太郎が再び拍手したが、大雅は不服そうだった。
「いきなりOECMなんて暗号を出されても、わけがわかりませんよ」
「だって、最初に『30by30(サーティ・バイ・サーティ)』なんて暗号を出されたから......」
 口をとがらせる虎太郎に、翔が聞いた。
「最初の暗号って、『900=30×?』ってやつ?」
「はい。あれ、『900は30の何倍?』っていう暗号文ですよね。
答えは『30倍』。30の30倍だから、『30by30』と解読するんですよね、大場先輩?」
 突然振られた心美が顔を真っ赤にしてうつむくのを見て、勘のよいさくらが真相に気づいた。
「ってことは、校庭にあんなでっかく暗号を書いたのって、大場さん、あなたなの?」
「はい」消え入るような小さな声で心美が答えた。
「虎太郎くんががんばっているのを少しでも応援したいなと思って......」
「2回目の暗号も?」
 確認するさくらに、心美がこくんとうなずいた。
そのはずみで、大きめの眼鏡が揺れた。悠馬が目を見開いて心美を見た。
「まさか大場さんがやったなんて、考えてもいなかったな」
 大雅はいつの間にかタブレットで調べ物を終えていた。
「なるほど、30by30というのは、生物多様性条約で設定された目標なんですね。2030年までに陸と海の30パーセント以上を、健全な生態系として効果的に保全しようという」
「そんな目標があるなんて、知らなかったなあ。教わったっけ?」
 翔の質問に、みんなが首をひねる。すると、心美が顔をあげて言った。
「教わってなくとも、知っていなければならない問題だと思います。2030年、私たちは成人となり、社会人になっているはずです。私たちこそが考えるべきなんです。だから、ちょっと出過ぎたまねかと思ったのですが、暗号でみんなの注意を引こうと......」
「たしかに自分たちの問題として考える必要があるわね」さくらが賛成した。「で、日本は現在、30パーセントの目標に対して、どのくらい達成しているのかしら」
「陸のほうはおよそ20パーセント、海のほうはおよそ13パーセントが保護されていたと思います」
 悠馬がまゆをひそめた。
「根本的な疑問があるんだけどさ、陸や海を保護するって政府の仕事じゃないの? おれらが考えてもしかたなくねえ?」
「違うんです!」
心美が眼鏡を揺らしながらぶんぶんと勢いよく首を振った。
「もちろん政府は国立公園の範囲を広げたり、新たに保護区を作ったりして、保護地域を増やそうとしています。でも、それだけでは目標の到達は難しいんです! サシバもそうですが、野生に暮らす生き物は、国の土地である国有林や、私有地の田畑や里山に関係なく、さまざまな場所を行き来しながら暮らしていますから」
 心美は必死にうったえたため、いつもに増して顔が真っ赤になっていた。虎太郎が心美の熱弁を受け継いだ。
「そこで、OECMが必要になるわけです。国任せにしていては、国際的な目標を達成できない。だから、民間が管理している自然豊かな土地も保護区として登録する必要があるわけです。ぼくたちの田んぼもきっと条件をクリアしていると思います。田んぼを中心にこの地域の里山全体をOECMにしたいというのがぼくの目標です。目標を実現するために、わかりやすい活動方針があったほうがいいでしょう。それで考えたのが『サシバ米』です」
「すごいですね」
大雅が素直に感心した。
「そんなことまで考えていたとは知りませんでした。昨日の演説ではそこまで深い考えがあるとはわからなかったもので」
 虎太郎が頭をかく。
「すみません。全部自分で考えたみたいに聞こえたら間違いです。この里山をOECMにできたらいいねとか、サシバ米という商品がブランド化できたらいいねとか、農作業の合間に大場先輩と話し合いながら考えたんです。そんな話をするうちに、どうせなら生徒会長になって、学校全体で取り組めたらもっといいんじゃないかと思うようになって......結局、負けちゃいましたけど」
「私もそんな虎太郎くんを少しでも応援したくって、それで遊び感覚で、暗号を......」
 語尾をにごす心美を、悠馬が笑う。
「ストレートに30by30と書かずに、暗号なんて回りくどい方法で伝えようとするところが、大場さんらしいといえば大場さんらしいけど、その一方で大胆といえば大胆だよな。虎太郎を応援するために、夜中に校庭にしのびこんで、あんな大きな暗号書いちゃうんだから。びっくりしたよ」
 さくらが虎太郎の目を見てほめた。
「虎太郎くんもすごいわ。大場さんの暗号をちゃんと解読し、エールを受けっとったんだから、なかなかやるじゃない。おまけに演説の最後を暗号でしめくくるなんて。見直しちゃった」
「えっへん」虎太郎がわざとらしく胸を張った。
「いつもはひかえめで静かな印象の大場先輩が、ここぞというときに見事な推理力を発揮されるのをこれまで何回か見て、ぼくも負けられないと思ったんです」
「たしかに大場さんの推理力はたいしたものだと思うけど、なにも無理して虎太郎があとを継ぐ必要はないんじゃないの?」
 悠馬の指摘に、虎太郎がすぐさま反応した。
「えっ、だってなにか生徒会がらみの事件が起こったときに、推理で解決するのが書記の役目じゃないんですか? そう思って、ぼく、ここへ来る前、新生徒会長にあいさつして、書記にしてくださいってお願いしてきたんですよ」
「そうね。生徒会書記はときどき饒舌になるくらいがちょうどいいかも」
 そう言うと、心美はにっこり笑った。


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マンガ イラスト©中山ゆき/コルク





■著者紹介■
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。

■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。

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2023.08.15

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