『鳥飼否宇「生徒会書記はときどき饒舌」第8話 超能力騒動(前編)』

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2023.03.31
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 3月になり、S中でも3年生の卒業がせまってきた。
生徒会のメンバーは全員2年生なので卒業まであと一年あったが、会長の岡村さくらは送辞(そうじ)を読み上げなければならない。卒業式の前日の放課後、さくらは作ってきた原稿をタブレットに表示して、副会長の佐野悠馬と会計の浜松大雅を相手に、練習をしていた。ときどきつっかえながら原稿を読んでいるさくらの声が響く生徒会室の片すみでは、書記の大場心美が静かに読書をしていた。
「まだまだ全然ダメだな。原稿を見ないとしどろもどろになっちゃう」
 2回めの練習を終えたさくらがくやしそうに首を横に振ると、大雅がなぐさめるように言った。
「でも、内容はバッチリですよ。3年生への尊敬といたわりの念が伝わってきますし、ユーモアも感じます」
 悠馬が同調した。
「おれも同感。あと何回か練習したらだいじょうぶだよ。それにしても、暑くね? 3月ってこんなに暑かったっけ」
 悠馬がシャツのボタンをはずし、下じきをうちわ代わりにして胸元に風を送った。悠馬の言うように、今年は3月に入ってから連日晴天が続き、昨日の最高気温は26℃に達していた。
「そうそう、昨日は夏日(なつび)だったって、テレビで言ってたもん」さくらが大雅に視線を向けた。「ところで浜松くん、夏日ってなんだっけ?」
「気温が25℃を超える日のことです。30℃を超えれば真夏日、35℃を超えれば猛暑日です」
 即答する大雅に、悠馬がうなずく。
「もしかして今日も夏日なんじゃねえ?」
 そのとき生徒会室のドアが開き、ひとりの男子生徒が入ってきた。庶務の北原翔だった。翔は入ってくると、コンビニのレジ袋を掲げた。
「じゃーん、アイスの差し入れを持ってきました」
「おっ、気がきくじゃん。どういう風の吹き回しだ?」
 悠馬がちゃかしても、翔は余裕の表情だった。
「暑いのに送辞の練習に忙しい会長様をねぎらおうと思っただけだよ。さあ、溶けないうちに食べようよ」
 翔はみんなにアイスキャンディーを1本ずつ配り、自分のためにはカップアイスを取り出した。4人がアイスキャンディーをなめはじめると、翔は袋から取り出した金属のスプーンでアイスクリームをすくって口に運んだ。ひとりだけカップアイスを食べている翔を見て、悠馬が言った。
「なんでおまえだけカップアイスなんだよ?」
「別にいいじゃん。ぼくはアイスキャンディーかじったら、こめかみのところがきーんとなるから、苦手なんだ」 「まあ、いいじゃないですか。このキャンディーも北原くんのおごりなんですから、文句を言えるすじあいではありません」
 大雅がその場をとりなし、一同はアイスを食べ終わった。
すると、翔がアイスクリームを食べていたスプーンをおもむろに取り上げた。
「突然ですが、いまからぼくがみんなに超能力をひろうします。ここに取り出したスプーンは、さっきぼくがアイスを食べるのに使ったタネもしかけもないスプーンです」
「なにかたくらんでいると思ったらやっぱりそうか。さてはスプーン曲げをやるつもりだな」
 悠馬にからかわれ、翔がむくれる。
「だまって聞いてろよ。このなんのへんてつもないただのスプーンをちょいと指先でこするだけで曲げてみせますので、とくとご覧ください」
 翔はそう言うと、左手で立てて持ったスプーンの首の部分を、右手でこすった。ついさっきまで小バカにしていた悠馬をはじめ、生徒会メンバーが注目するなか、翔が懸命にスプーンをこする。しかし、そのスプーンはまったく曲がろうとしなかった。
「あれ......おかしいな‥‥...」
「なにやってんだよ、翔。手品なら手品らしく、ちゃんとおれたちを驚かせてくれよ」
「手品じゃなくって、超能力なんだって! でもおかしいな、曲がるはずなのに曲がらなくなっちゃった」
「なんじゃそれ!」
 悠馬がふき出すと、つられてさくらと大雅も笑った。心美だけは翔の左手のスプーンを真剣に見つめていた。ひとしきり笑ったあとで、大雅が翔にさとすように言った。
「北原くん、手品は人に見せるまえに十分に練習を積む必要があります。失敗した手品ほどみじめなものはありませんから」
「手品じゃなくて、超能力だって!」翔は強がりを言ったが、スプーンは曲がる気配がなかった。「こんなスプーン、もういらない」翔があきらめてスプーンを放り投げると、チャリンという音がした。
「北原くん、今日はちょっと不調だったみたいね。やっぱりもっと練習が必要かも。私も送辞の練習を続けるから、いっしょに聞いてくれるかな?」
 さくらが翔をうまくなだめ、送辞の練習を再開した。3回めは2回めよりもつまずく場面が少なくなり、4回めはほぼミスがなかった。
「さすが会長、これで完ぺきなんじゃない」
 悠馬が持ち上げると、さくらは大きな目を輝かせてうなずいた。
「ありがとう。今日はここまでにしておこうかな。明日が本番だから、明日の朝、最後の練習をしようと思うの。よかったらみんな、卒業式がはじまる1時間前にここに集まって、最後の練習につきあってくれない?」
 みんながさくらの提案を受け入れてうなずくと、さくらはタブレットを窓際のスチールラックの上に置いた。そして、部屋のカギを閉めて全員で下校した。

 翌朝も晴天だった。テレビニュースによれば、3日連続の夏日となる予報が出ていた。悠馬が生徒会室にかけこむと、すでに他のメンバーは集まっていた。
「悪い悪い、遅くなっちゃった。今朝は寒いけど、このあと気温が上がるって本当かよ?」
 悠馬の質問に、大雅が答える。
「夜のあいだも雲一つなかったため、地表の熱が逃げて、朝は寒いんですよ。放射冷却と言います。このあと太陽がのぼるにしたがって、気温はぐんぐん上がるはずです。まだ3月なのに連日の夏日とは、異常気象かもしれませんね」
「みんなそろったので、これから最後の練習をしようと思います。北原くん、悪いけどそのタブレットをとってもらえる?」
 さくらに頼まれて、翔が「はいよ」と気楽に応じた。そしてスチールラックからタブレットを取り上げようとした。ところがなぜか翔はタブレットを持ち上げることができなかった。
「あれっ、おかしいな。タブレットが重くて持ち上がらない」
「おい翔、また手品のまねごとか? ふざけてないで早く渡せよ」
 悠馬が注意すると、翔は顔をくもらせた。
「ふざけてないって。本当に持ち上がらないんだ。ウソだと思うなら、悠馬がやってみろよ」
「そんなバカなことがあるかよ。代われ」
 悠馬が翔を押しのけ、スチールラック上のタブレットを持ち上げようとした。しかし、タブレットは少しも動かなかった。
「おい、マジかよ。どうしちゃったんだよ」
 悠馬がとまどっていると、心美がぽつんと言った。
「超能力......」
「はっ?」「なんだって?」悠馬と翔の声が重なった。
「北原くんの超能力が発動されたんだと思います」
「いや、待て。ないない」翔が首を横に振って否定した。「ぼくは本当は超能力なんて持っていない。タブレットをいきなり重くしたりできるはずないよ」
 さくらが真偽を確かめるようにラックの前に進み出て、タブレットを取り上げようとした。ところがやはりびくともしなかった。
「どうしよう。タブレットがなかったら原稿を読めないわ」
 泣きそうな顔になるさくらを、大雅が励ます。
「原稿がなければ、そらで話せばいいだけですよ。岡村さんならきっとだいじょうぶです。昨日だってミスなく話せていたじゃないですか。ここでもう一度練習して本番に臨(のぞ)めば、きっとうまくいきますよ」
「そうそう」悠馬がうなずく。「タブレットを見ながら話すより、なにも見ないで話すほうが心が伝わって、3年生も喜んでくれると思う」
 さくらはみんなに励(はげ)まされ、最後にもう一度練習した。前日までに練習を重ねていたおかげで、原稿を見なくてもすらすらと送辞を述べることができた。

 卒業式は無事に終わり、生徒会のメンバーたちはべつに示し合わせたわけでもないのに生徒会室に集まった。大役を終えたさくらを悠馬がねぎらった。
「岡村さん、お疲れさま。さすが会長、原稿なしに一回もとちらずに送辞を述べるなんてすごいって、うちのクラスのみんなが絶賛(ぜっさん)してたぜ。また、株を上げたな」
「そんなんじゃないわよ。照れちゃうじゃない」さくらが顔を赤らめた。「それにしても暑いわね。やっぱり天気予報の通り、今日も夏日みたいね。今朝、浜松くんが言ってたように、これは異常気象なのかしら」
「このまま高い気温が続けば異常気象と呼べるでしょうね。ここ数年、猛暑日が増えたり、警報級の集中豪雨が増えたりして、異常気象がもはや異常ではなくなりつつあるそうです。こうなると気候変動と言ったほうがいいのかもしれません」
「それって、やっぱり地球温暖化が関係しているのかしら?」
 大雅は自分のタブレットをかばんから取り出すと、すばやく検索した。
「気候変動の要因として地球温暖化は無視できません。地球の気温が高くなり続けていることで、気温や降水量などさまざまな気象現象に影響を与えています」
「でも、地球が温暖化しているって本当なのかな?」翔が疑問を口にした。「うちの父ちゃんは、地球は人間なんかが生まれる前からずっと冷えたり温まったりしていて、いま気温が上がっているのも、長い目で見たら大きな地球の活動の一部なんじゃないか、って言ってたけど」
 大雅が眼鏡(めがね)の縁に手を添えた。
「そういう見方もあるみたいですけど、人為的(じんいてき)な影響で気温が上がっているのは事実です。産業革命が起こって、人間が化石燃料を大量に使うようになった。それ以降、急激に気温が上がっています」

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「化石燃料ってなんだっけ?」悠馬が根本的な質問をした。
「大昔に死んで堆積(たいせき)した動植物がもとになった化石のうち、燃料として使われるものです」と大雅。「具体的には石炭、石油、天然ガスなどです。化石燃料を燃やすと、燃料中の炭素が空気と結びついて、二酸化炭素ができます。これが温室効果ガスとなって、地球を覆(おお)う。それにより地球の気温が上昇するわけです」
「温室効果ガスってのは?」再び悠馬が聞いた。

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「二酸化炭素だけでなく、メタンとかフロンとか水蒸気なんかがあるようですが、要するに地球の大気圏にただよっていて、太陽光で温められた地表の熱を逃がさないようにする働きがある気体のことです」
「今朝と違って曇(くも)りの夜は気温が逃げないから、朝暖かいのと同じ理屈かしら」
 さくらの問いかけに、大雅がうなずく。
「そういうことです。温室効果ガスは昼夜を問わず地球を覆い、保温しているようなものです」
「でもさ、地球が温暖化したとして、なにが問題なの?」
 悠馬が大雅に質問した。

マンガ イラスト©中山ゆき/コルク






■著者紹介■
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。

■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。

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