『鳥飼否宇「生徒会書記はときどき饒舌」
第7話 ジュゴンのなみだ(後編)』

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アタマをきたえる
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#学校#将来
2023.03.15
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「浜松くん、なにかおもしろい話はない?」
 生徒会長の岡村さくらからいきなり指名され、会計の浜松大雅はあわてた。そしてしばし考えたうえで口を開いた。
「先ほどジュゴンの話が出ていましたね。ジュゴンは世界的に数が減っていて、絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)に指定されています。絶滅のリスクが高まっているので、保護しなければならない生物という意味です。そして、これはニュースにもなったので知っているかもしれませんが、ニホンウナギやクロマグロもいまや絶滅危惧種です」
「ああ、聞いたことがある。絶滅しそうになってしまったのは、やっぱりたくさん捕まえすぎたから?」
 悠馬の質問に、大雅が答える。
「そうですね。海に囲まれた島国に住み、昔から海の幸に親しんできた日本人にとって、漁業は生活の手段でもありました。海岸の近くで細々と漁をしていた時代であれば、人間と魚は共存できたのでしょう。しかし、漁船が大型化し、冷凍の技術も発達して、漁師はマグロを追いかけて、遠く南太平洋やインド洋まで足をのばすようになりました。また、世界の人口が増え、これまであまり魚を食べなかった人々も、積極的に魚を食べるようになりました。くせがなくておいしいマグロは、世界中で好まれるようになりました。クロマグロが減った原因としては、乱獲が大きいようです」
「おれも家族で回転寿司に行ったら、マグロの皿をつい待ってしまうもんな」
 翔の素直な感想に「わかります」と同意して、大雅がタブレットで検索しながら続けた。
「ニホンウナギが絶滅危惧種になった原因のひとつは、やはり獲りすぎでしょう。ウナギは川魚ですが、産卵は海でおこなわれます。ふ化した稚魚の生態はまだわかっていないことも多いようですが、ある程度経つとシラスウナギとなって川をのぼってくる。ところが護岸工事などで自然状態の川がなくなってしまい、天然ウナギは激減してしまいました」
「天然ウナギなんて食べたことないや。うちではいつも養殖ものばかり」
翔のぐちを受け流し、大雅が続けた。
「養殖ウナギにしても、現在のところ天然のシラスウナギを獲ってこなければ始まらないので、このままだとやがて絶滅してしまいます」
「マグロやウナギを食べられなくなってしまうってこと?」
 翔はあくまで食べることにこだわっていた。
「そうなる前に、獲る量を調整すること。さらに、育てる漁業へとチェンジしていくことが重要だと思います。 クロマグロはすでに完全養殖の技術が完成しているようですし、ウナギの代用品として食用ナマズの開発の研究などがおこなわれています」
「持続可能な漁業が必要ってことか。これもSDGsってわけね」
 さくらの言葉を大雅が受ける。
「国連が採択した持続可能な開発目標、いわゆるSDGsには17の国際的な目標が定められています。そのうちの一つが『海の豊かさを守る』ことです。魚介類などの水産資源を保全し、持続可能なやり方で利用していこうという目標です。育てる漁業も大切ですが、特定の魚を獲りすぎないようにきちんと資源管理することが大切だと思います」
「あのぉ......」心美が上目づかいで言った。
「どうしたの、大場さん?」
「クロマグロやニホンウナギは絶滅危惧種になったので注目されていますけど、そうでない魚介類にも注目したほうがいいように思います」
「どういう意味?」さくらがたずねた。
「お母さんから聞いたんですけど、サンマはちょっと前まで大衆魚で、秋になると食卓に並ぶ定番の食材だったそうです。でも、ここ数年、サンマの水揚げ量は驚くほど減ってしまい、そうそう手を出せなくなったって」

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「うちでもママが嘆(なげ)いていましたわ」
 朱音の一言に悠馬がつっこみを入れる。
「お嬢さまのお屋敷でもサンマなんて食べるんだ!」
「もちろん食べますよ。だって、おいしいじゃないですか。そのおいしいサンマも減っているわけですね」
「ええ」心美がうなずいた。「これも人間による乱獲が一つの原因だと思われます。あと海水温の上昇も影響しているかもしれません」
「どういうことですか?」朱音が目を丸くした。
「それはぼくが説明しましょう」と大雅。「地球温暖化のせいで海水温もあがっているんだそうです。そのおかげで海流の流れが変化し、日本近海で見られる魚の種類も変わってきているそうなんだ。暖流の黒潮に乗って南方系のブリなどが北上している一方で、本来寒流の親潮に乗って南下してくるべきサンマなどの北方系の魚が姿を消したそうです」
 心美が補足する。
「高級魚のマグロやウナギであれば養殖しても元はとれますが、単価の安いサンマなどはお金をかけて養殖するわけにはいきません。知らないうちにいつのまにかいなくなってしまう、なんて事態が起こってしまうかもしれないのです」
「そうなんだ。持続可能なやり方で利用していくには、養殖で育てるだけでなく、やっぱり漁獲量の調整も必要になってくるってことね。獲りすぎないようにすることが一番重要なのね」
 さくらがまとめると、心美は大きくうなずいてから朱音に向き直った。
「海水浴場にいったとき、ゴミは打ちあがっていませんでしたか?」
「よくわかったわね。大場さんの言うように、海岸にはペットボトルとか漁具だとかがたくさん打ちあがっていたの。夏の海水浴場では見たことがなかったから、ちょっとびっくりしちゃって」
「一見美しく見える海にも人工物がたくさん浮いています。だれかが海に捨てた不法投棄物もあれば、川から海に流れこむゴミもあります。それらは潮や波に乗って運ばれ、いずれ海岸に漂着します。観光シーズンの夏場であれば、毎日のように清掃作業がおこなわれて、きれいな砂浜が保たれていますが、観光客のいない冬の間はしょっちゅう清掃はおこなわれないはずです。冬はとくに北風が強いので、北に面した海岸には大量のゴミが打ちあがると聞いたことがあります」
 心美の説明に納得したのか、朱音が大きくうなずいた。
「清志くんと待ち合わせした海水浴場も北向きでしたわ。だからあんなにゴミが集まっていたのですね。でも、どうしてゴミを海や川に捨てちゃうのでしょう?」
 朱音の疑問に答えたのは大雅だった。

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「昔は捨てるといっても、食べ物の残りとか木や紙でできたものとかで、いずれは分解して消えてしまうものだった。だから平気で捨てていたんだろうけど、プラスチックやゴム、ガラスなど分解しにくい人工物が登場してから、海のゴミ問題がクローズアップされるようになりました」
「マイクロプラスチックの問題はワタシも聞いたことがある」さくらが声を張った。「捨てられたプラスチックが海を漂ううちに、小さな破片に分解されるんでしょ。それをエサと間違えて魚が食べる。プラスチックは消化されないから、魚の胃の中にとどまり続けるわけよね。その魚をさらに大きな魚が食べ、それを海鳥やアザラシなどのほ乳類が食べる、その結果として、海鳥やほ乳類の体内に大量のプラスチックがたまり、やがて死を迎える。もちろん魚を食べた人の体内にもプラスチックはたまるわけだから、最終的には人間にも命の危険が及ぶってわけでしょう」
「その通りです」大雅がタブレットを見ながら説明する。「気軽にポイ捨てしたレジ袋1枚が風で飛ばされて川へ落ちる。レジ袋は海に流されながら細かく砕け、海にたどり着いて波を漂ううちに厄介なマイクロプラスチックへと姿を変える。それが回り回って、人体に悪影響を及ぼすというわけです。一説によると、このままいけば2060年ころには世界の海の魚の量をマイクロプラスチックが上回るとか。そうなると海の生態系は壊滅的なダメージを受けてしまう気がします」
「マジかよ!」悠馬が思わず叫んだ。「そんな深刻な事態が起こっているとは知らなかった。決めた。もう絶対ポイ捨てなんかしない。おい、翔、おまえも金輪際(こんりんざい)ポイ捨てするんじゃないぞ」 「なんでおれだけ注意されなきゃならないんだよ」
 ぶつぶつ文句を言う翔を無視して、さくらが提案した。
「豊かな海を守るためにも、私たちはポイ捨てをやめましょう!」
「賛成ですわ。沖縄の美しい海がこれ以上汚されてしまったら嫌ですもの」
 挙手をして賛成する朱音に、心美が聞いた。
「話を戻して悪いんですけど、比嘉さんに呼ばれて松山さんが海水浴場に行ったとき、風は強かったですか?」
「そうね。北からの向かい風がすごかったわ。せっかくセットした髪が風にあおられて散々でしたもの」
 心美が朱音の顔をのぞきこんだ。
「仲間さんが松山さんと比嘉さんのなかをじゃましたって話でしたけど、比嘉さんが正確にはなんと言ったか覚えてますか?」
「えっ」朱音が考えこむ顔になる。「たしか......『松山さんごめん、ナミにじゃまされてしまって、答えが伝えられなくなっちゃった』だったかな。わたくしのことは『松山さん』と苗字にさん付けなのに、仲間さんのことは『ナミ』と名前を呼び捨て......ちょっと悲しくなりました」
「なるほど」心美がうなずくと、眼鏡が揺れた。「ナミというのは仲間さんのことではなくて、海の波のことだったのではないでしょうか。その海水浴場は北向きで、その日は風が強かったんですよね。だったら波もかなり高かったのではないですか」
「その通り。わたくしたちのホエールウォッチングは土曜日だったのでよかったですけど、翌日の日曜日は船が出せなかったようですもの」
「やっぱりそうですか」と心美。「比嘉さんはおそらく気持ちを口で伝えるのが恥ずかしくて、砂に文字を書いて伝えようとしたんじゃないでしょうか。ところがその日は風が強く、せっかく砂浜に書いた文字が打ち寄せた波で消されてしまった。だから、『波にじゃまされてしまって、答えが伝えられなくなっちゃった』と言ったのではないかと思うんです」
「まあ、大変。どうしましょう」
 朱音が口に手を当てたそのとき、朱音のスマホの着信音が鳴った。
「あら、メールだわ。清志くんからだ」
 ひとり言をつぶやきながら朱音がメールを開いた。次の瞬間、「ヤだ、どうしましょう」と顔を赤らめた。
 一同が朱音のスマホをのぞきこむ。比嘉清志から送られてきたのは一枚の写真だった。白い砂浜をバックに日焼けした少年が写っている。足元には決して上手とはいえない文字が大きく書かれていた。
――きのうはごめん。ドジなボクだけど、こんなボクでよかったら、今後も会ってください。待っています。キヨシ
「よかったじゃない、朱音!」
 さくらに背中をたたかれ、朱音がにっこり笑った。
「うれしいですわ。これでまた沖縄に行く楽しみが増えました。ああ、春休みが待ち遠しい。それまで待てるかしら......いっそ、来週行っちゃおうかしら。ねえ、どう思う、さくらさん?」
「学期末テストの直前だけど、それでもよければ、お好きにどうぞ!」

マンガ イラスト©中山ゆき/コルク






■著者紹介■
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。

■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。

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2023.03.15

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