『鳥飼否宇「生徒会書記はときどき饒舌
第6話 中庭の奇跡(後編)』
生徒会会長である岡村さくらが作ったチラシの効果は大きかった。翌日、さっそく複数の情報が寄せられたのだ。
放課後、最初に生徒会室まで情報を提供しにやってきたのは、1年生の星野虎太郎だった。さくらたち生徒会のメンバーが雑談をしているところへ、「すみません」と恐縮しながら入ってきた。
「おお、虎太郎、どうした?」
副会長の佐野悠馬がつきあいの長い後輩の虎太郎に、気軽に声をかけた。
「悠馬さん、ぼく、池の張り紙を見てやってきました」
生徒会メンバーとともに待機していた生物部の黒瀬千紘(ちひろ)が顔を上げた。
「えっ、なにか見たの?」
「ええ。参考になるかどうかわからないんですけど......」
「虎太郎くんが最初の情報提供者ね。どんなことでもいいから話してみて」
さくらにうながされ、虎太郎が口を開く。
「小清水さんっていう、2年2組のちょっと怖い先輩がいるじゃないですか。あの先輩が中庭の池の縁にしゃがんでなにかやっているのを見たんですよ」
小清水亮はときに学校をさぼったり、先生に反抗したりするので、S中の問題児と見なされていた。2学期の初めにも高校生相手に暴力ざたを起こしたことが問題になったが、からまれていた書記の大場心美を助けるためだったとのちにわかり、少し株を上げたのだった。
さくらが疑問を口にする。
「小清水くんが? いったいなにをやっていたのかしら。それっていつごろの話?」
「あれはたしか9月末だったと思います。後ろからちらっと見ただけなので、なにをやっているのかまではわかりませんでしたが、たも網を持っていたみたいです」
「網か。黒瀬さんがカダヤシを確認したあとの時期だし、なにかにおうな......」
庶務の北原翔がつぶやいたとき、生徒会室のドアがガラガラと勢いよく開けられた。入ってきたのは美術部の友田エリだった。
「池のチラシ見たぞ」
エリは道行く人を振り向かせるほどの美人だったが、言葉づかいが乱暴だった。エリと同じクラスの会計の浜松大雅が苦笑いした。
「見たぞって......。それで、池でなにか目撃したのですか?」
「目撃というか、まあ、そうだな、こいつだ」
エリが1枚の絵を差し出した。パステルによるデッサンで、池のなかにたたずむ白い鳥が見事に描き出されている。バードウォッチングが趣味の虎太郎が絵を見て、目を輝かせた。
「コサギですね。よく特徴がとらえられているのですぐにわかります。友田先輩、すごいですね」
「1年坊主なのにうちの絵の技量がわかるのか。見る目があるな」
「ありがとうございます。ちなみにこの絵を描かれたのはいつごろですか?」
「えっと」エリが記憶を探った。「転校してきてからひと月は経(た)っていたから、10月の中旬だったと思うぞ。ふと中庭を通りかかったら、池のなかにこの白い鳥がいたので、急いでデッザンした。放課後、部室に行くときに毎日中庭を通っているけど、この鳥がいたのはそのときだけだった」
「友田さんは毎日中庭を通っているんだ。だったら、この鳥以外になにかを池で見たことはなかった?」
さくらが聞くと、エリは「うーん」と考えこみ、なにか思い出したようだった。
「そうだ。2組にちょっと不良っぽい男子がいるじゃん。名前知らないけど。あいつが池のそばで網を持っているのを見たことがあるぞ。あれはこの白い鳥を見たのよりは前だったな」
「ぼくも見たんですよ。それはきっと小清水先輩ですよ!」
虎太郎が声を上げたとき、またしても生徒会室のドアが開き、ひとりの男子生徒がふらっと入ってきた。それはほかでもない小清水亮だった。
「廊下にいても聞こえたぞ。誰かおれの噂をしているやつがいるようだな」
「ひっ」虎太郎がたちまち顔をひきつらせた。
一方のエリは顔色ひとつ変えず、亮を指さした。
「こいつだこいつ! こいつが池のそばにしゃがんでいたのを見たぞ!」
「なんだ、この女。人のことをこいつ呼ばわりしやがって、口が悪いな」
亮がエリをにらみつけたところで、仲裁するように書記の大場心美が割って入った。
「小清水くん、そんなことより、どうして生徒会室に?」
「ああ、なんか池のところに張り紙があったから、ちょっと情報提供しておこうかと思って」
「そうですか。どんなことでしょう?」
生徒会を代表してさくらが質問すると、亮はふてくされたような口調で説明した。
「あの池にカダヤシがいるの知ってるか? 9月の終わりだったかな、あの池のカダヤシを駆除(くじょ)しようと思って捕まえたことがある。一応そのことを話しておいたほうがいいかと思って」
「どうして駆除しようと思ったんですか?」
引き続き問いかけたさくらに、亮がバカにしたような目を向けた。
「特定外来種だからに決まってんじゃん。そんなのいないほうがいいかなと思って、網ですくっていたんだ。その途中で思い出したんだ。特定外来種は移動したり、飼育したりすることも禁止されているってことを。ってことは、捕(つか)まえたらその場で殺すしかないわけじゃん。いかに外来種とはいえ、即殺してしまうのはさすがにかわいそうになって、結局元の池に戻した。そういうことだ。おれからは以上。じゃあな」
意外な内容の打ち明け話に、一同、まだ頭の整理ができないうちに、亮はさっさと生徒会室を出ていってしまった。「うちも帰るわ」と、エリも亮のあとを追うように去っていった。
ふたりをぼうぜんと見送って、会計の浜松大雅が言った。
「小清水くんの話、本当でしょうか? カダヤシを網ですくったけど、池に戻したって。本当はカダヤシは捕まえて、メダカを放したんじゃないでしょうか」 「なんのために?」翔が聞く。
「ちょっとびっくりしましたが、小清水くんは特定外来種について知っているようでした。外来種は駆除したほうがいいと言ったのも本当のことだと思います。だからカダヤシを駆除して、きっと家で飼っていたメダカを放したんですよ。メダカは飼いやすいので、ペットとして人気があります。小清水くんもペットとして飼っているうちに増えすぎて、飼いきれなくなってしまったのではないでしょうか。だから、池に放してあげた」
眼鏡に手を添えて推理を語る大雅に、翔が反論する。
「カダヤシを駆除してメダカを放すって、あの小清水がそんないいことするかなあ。ちょっと想像できないんですけど」
そのとき「いいことじゃありません!」と否定する声が上がった。
大雅も翔も驚いて、声の主を振り返る。そこには頬(ほお)を赤く染めた心美の姿があった。
「大場さん、いいことではないってどういう意味?」
さくらが笑顔で質問すると、心美はうつむきながらもはっきりと答えた。
「ペットショップで売られているメダカはほとんどが野生のものではなく、養殖されて品種改良などされているものばかりです。いくらメダカが元々は日本の魚だったとしても、人の手で改良されたメダカを野外に放すのはいいことではありません」
「なるほどそういう意味か」悠馬がうなずいた。「だったら、野外で捕ってきたメダカを元の場所に戻すのはいいことなのかな?」
「一口にメダカと言っても、日本にはキタノメダカとミナミメダカがいるのを知っていますか。本州の日本海側や東北地方にはキタノメダカが、本州の太平洋側や九州、四国などにはミナミメダカが生息しています。関東にすんでいるのはミナミメダカなので、ここにキタノメダカを放すのは問題です。そして、ミナミメダカも地域によって少しずつ変異があるので、たとえば九州のミナミメダカを関東に放すのも問題なんです」
懸命(けんめい)に主張した心美の顔はいつしか真っ赤になっていた。
「そうなんだ」さくらは心美の言いたいことを理解したようだった。「でもよく、川にサケやアユの稚魚を放流したっていうニュースを聞くじゃない。あれはいいことなのかしら?」
「漁業にたずさわっている漁師さんが、水産資源回復のために放流することはある程度、しかたがないのかなと思います。でも、希少種の保護のために生き物を野外に戻す場合には、すごく慎重にやる必要があると思います。よかれと思って戻した生き物が、その場所にずっといた生き物と競合したりしないように考えるべきなんです」 「なるほど、ただ自然に戻せばいいってわけでもないんだね」
納得顔の悠馬に、心美がこくんとうなずいた。その拍子(ひょうし)に眼鏡(めがね)が揺れた。心美に代わって、千紘が続けた。
「夏のイベントでよくホタルを川に放したりしていますよね。毎年のように放しているのに、なぜ定着しないのでしょう。本当はまず河川の生態系を再生しなければならないはずなんです。ホタルのエサとなるカワニナが生息できるきれいな環境を最初に作って、そこにホタルを放すべきです。そんなことも考えずに、ただ放すだけだと、放されたホタルだって困ってしまうわけで......」
「ですよね」
心美が同意したとき、虎太郎が手をあげた。
「ところで、ぼく、カダヤシが池からいなくなった理由がわかったような気がします」
「ほう、それじゃ虎太郎くんの考えを聞いてみようか」
大雅に好奇心に満ちた目を向けられ、虎太郎が胸を張って答えた。
「きっと、友田さんが目撃したコサギが食べたんですよ。コサギは渡り鳥です。秋に南へ渡る途中、偶然この学校の池に下りたのでしょう。そこにエサとなるカダヤシがいた。そういうことだと思います」
「そっか、コサギが外来種を駆除してくれたのね。でも、メダカはだれが持ちこんだのかしら?」
さくらのこの質問には、虎太郎は答えられなかった。
「それはわかりません。やはり小清水先輩でしょうか......」
すると、心美が「メダカを持ちこんだ犯人もわかりました」と声を張った。
「大場先輩、すごい。だれなんですか、メダカを池に放したのは?」
虎太郎から賞賛(しょうさん)のまなざしで見つめられ、心美はまたしても頬を赤らめた。
「メダカを持ちこんだのも、たぶんコサギです」
「えっ!」「そんなバカな」「噓(うそ)でしょ」
虎太郎と悠馬とさくらの声がそろう。3人とも心美の言葉を信じていなかったが、心美は動じなかった。
「黒瀬さん、メダカは卵で産まれますよね?」
突然話を振られた千紘はびっくりした顔でうなずいた。
「そうそう。昨日も言ったと思うけど、カダヤシは卵胎生で、メダカは卵生」
「では、メダカはどこに卵を産むのですか?」
「えっと、たしか水草に産みつけるはずだけど......」
「ですよね」心美がにっこりと笑う。「コサギはこの池に立ち寄る前に、どこかの水辺でエサを探したはずです。そこにメダカがすんでいて、水草に卵を産んでいたのだと思います。コサギが水辺を歩くうちに、卵がくっついた水草が、コサギの足にからまったのでしょう。コサギは意図せず、水草ごとメダカの卵を中庭の池に運んだのですよ。それが10月の半ば。メダカはふ化してから成魚になるまで3か月くらいかかるそうです。いまは1月ですから、ちょうど計算が合います」
「すごーい!」千紘が拍手した。「メダカの卵が空を飛んだのね。それって、やっぱり奇跡じゃない?」
放課後、最初に生徒会室まで情報を提供しにやってきたのは、1年生の星野虎太郎だった。さくらたち生徒会のメンバーが雑談をしているところへ、「すみません」と恐縮しながら入ってきた。
「おお、虎太郎、どうした?」
副会長の佐野悠馬がつきあいの長い後輩の虎太郎に、気軽に声をかけた。
「悠馬さん、ぼく、池の張り紙を見てやってきました」
生徒会メンバーとともに待機していた生物部の黒瀬千紘(ちひろ)が顔を上げた。
「えっ、なにか見たの?」
「ええ。参考になるかどうかわからないんですけど......」
「虎太郎くんが最初の情報提供者ね。どんなことでもいいから話してみて」
さくらにうながされ、虎太郎が口を開く。
「小清水さんっていう、2年2組のちょっと怖い先輩がいるじゃないですか。あの先輩が中庭の池の縁にしゃがんでなにかやっているのを見たんですよ」
小清水亮はときに学校をさぼったり、先生に反抗したりするので、S中の問題児と見なされていた。2学期の初めにも高校生相手に暴力ざたを起こしたことが問題になったが、からまれていた書記の大場心美を助けるためだったとのちにわかり、少し株を上げたのだった。
さくらが疑問を口にする。
「小清水くんが? いったいなにをやっていたのかしら。それっていつごろの話?」
「あれはたしか9月末だったと思います。後ろからちらっと見ただけなので、なにをやっているのかまではわかりませんでしたが、たも網を持っていたみたいです」
「網か。黒瀬さんがカダヤシを確認したあとの時期だし、なにかにおうな......」
庶務の北原翔がつぶやいたとき、生徒会室のドアがガラガラと勢いよく開けられた。入ってきたのは美術部の友田エリだった。
「池のチラシ見たぞ」
エリは道行く人を振り向かせるほどの美人だったが、言葉づかいが乱暴だった。エリと同じクラスの会計の浜松大雅が苦笑いした。
「見たぞって......。それで、池でなにか目撃したのですか?」
「目撃というか、まあ、そうだな、こいつだ」
エリが1枚の絵を差し出した。パステルによるデッサンで、池のなかにたたずむ白い鳥が見事に描き出されている。バードウォッチングが趣味の虎太郎が絵を見て、目を輝かせた。
「コサギですね。よく特徴がとらえられているのですぐにわかります。友田先輩、すごいですね」
「1年坊主なのにうちの絵の技量がわかるのか。見る目があるな」
「ありがとうございます。ちなみにこの絵を描かれたのはいつごろですか?」
「えっと」エリが記憶を探った。「転校してきてからひと月は経(た)っていたから、10月の中旬だったと思うぞ。ふと中庭を通りかかったら、池のなかにこの白い鳥がいたので、急いでデッザンした。放課後、部室に行くときに毎日中庭を通っているけど、この鳥がいたのはそのときだけだった」
「友田さんは毎日中庭を通っているんだ。だったら、この鳥以外になにかを池で見たことはなかった?」
さくらが聞くと、エリは「うーん」と考えこみ、なにか思い出したようだった。
「そうだ。2組にちょっと不良っぽい男子がいるじゃん。名前知らないけど。あいつが池のそばで網を持っているのを見たことがあるぞ。あれはこの白い鳥を見たのよりは前だったな」
「ぼくも見たんですよ。それはきっと小清水先輩ですよ!」
虎太郎が声を上げたとき、またしても生徒会室のドアが開き、ひとりの男子生徒がふらっと入ってきた。それはほかでもない小清水亮だった。
「廊下にいても聞こえたぞ。誰かおれの噂をしているやつがいるようだな」
「ひっ」虎太郎がたちまち顔をひきつらせた。
一方のエリは顔色ひとつ変えず、亮を指さした。
「こいつだこいつ! こいつが池のそばにしゃがんでいたのを見たぞ!」
「なんだ、この女。人のことをこいつ呼ばわりしやがって、口が悪いな」
亮がエリをにらみつけたところで、仲裁するように書記の大場心美が割って入った。
「小清水くん、そんなことより、どうして生徒会室に?」
「ああ、なんか池のところに張り紙があったから、ちょっと情報提供しておこうかと思って」
「そうですか。どんなことでしょう?」
生徒会を代表してさくらが質問すると、亮はふてくされたような口調で説明した。
「あの池にカダヤシがいるの知ってるか? 9月の終わりだったかな、あの池のカダヤシを駆除(くじょ)しようと思って捕まえたことがある。一応そのことを話しておいたほうがいいかと思って」
「どうして駆除しようと思ったんですか?」
引き続き問いかけたさくらに、亮がバカにしたような目を向けた。
「特定外来種だからに決まってんじゃん。そんなのいないほうがいいかなと思って、網ですくっていたんだ。その途中で思い出したんだ。特定外来種は移動したり、飼育したりすることも禁止されているってことを。ってことは、捕(つか)まえたらその場で殺すしかないわけじゃん。いかに外来種とはいえ、即殺してしまうのはさすがにかわいそうになって、結局元の池に戻した。そういうことだ。おれからは以上。じゃあな」
意外な内容の打ち明け話に、一同、まだ頭の整理ができないうちに、亮はさっさと生徒会室を出ていってしまった。「うちも帰るわ」と、エリも亮のあとを追うように去っていった。
ふたりをぼうぜんと見送って、会計の浜松大雅が言った。
「小清水くんの話、本当でしょうか? カダヤシを網ですくったけど、池に戻したって。本当はカダヤシは捕まえて、メダカを放したんじゃないでしょうか」 「なんのために?」翔が聞く。
「ちょっとびっくりしましたが、小清水くんは特定外来種について知っているようでした。外来種は駆除したほうがいいと言ったのも本当のことだと思います。だからカダヤシを駆除して、きっと家で飼っていたメダカを放したんですよ。メダカは飼いやすいので、ペットとして人気があります。小清水くんもペットとして飼っているうちに増えすぎて、飼いきれなくなってしまったのではないでしょうか。だから、池に放してあげた」
眼鏡に手を添えて推理を語る大雅に、翔が反論する。
「カダヤシを駆除してメダカを放すって、あの小清水がそんないいことするかなあ。ちょっと想像できないんですけど」
そのとき「いいことじゃありません!」と否定する声が上がった。
大雅も翔も驚いて、声の主を振り返る。そこには頬(ほお)を赤く染めた心美の姿があった。
「大場さん、いいことではないってどういう意味?」
さくらが笑顔で質問すると、心美はうつむきながらもはっきりと答えた。
「ペットショップで売られているメダカはほとんどが野生のものではなく、養殖されて品種改良などされているものばかりです。いくらメダカが元々は日本の魚だったとしても、人の手で改良されたメダカを野外に放すのはいいことではありません」
「なるほどそういう意味か」悠馬がうなずいた。「だったら、野外で捕ってきたメダカを元の場所に戻すのはいいことなのかな?」
「一口にメダカと言っても、日本にはキタノメダカとミナミメダカがいるのを知っていますか。本州の日本海側や東北地方にはキタノメダカが、本州の太平洋側や九州、四国などにはミナミメダカが生息しています。関東にすんでいるのはミナミメダカなので、ここにキタノメダカを放すのは問題です。そして、ミナミメダカも地域によって少しずつ変異があるので、たとえば九州のミナミメダカを関東に放すのも問題なんです」
懸命(けんめい)に主張した心美の顔はいつしか真っ赤になっていた。
「そうなんだ」さくらは心美の言いたいことを理解したようだった。「でもよく、川にサケやアユの稚魚を放流したっていうニュースを聞くじゃない。あれはいいことなのかしら?」
「漁業にたずさわっている漁師さんが、水産資源回復のために放流することはある程度、しかたがないのかなと思います。でも、希少種の保護のために生き物を野外に戻す場合には、すごく慎重にやる必要があると思います。よかれと思って戻した生き物が、その場所にずっといた生き物と競合したりしないように考えるべきなんです」 「なるほど、ただ自然に戻せばいいってわけでもないんだね」
納得顔の悠馬に、心美がこくんとうなずいた。その拍子(ひょうし)に眼鏡(めがね)が揺れた。心美に代わって、千紘が続けた。
「夏のイベントでよくホタルを川に放したりしていますよね。毎年のように放しているのに、なぜ定着しないのでしょう。本当はまず河川の生態系を再生しなければならないはずなんです。ホタルのエサとなるカワニナが生息できるきれいな環境を最初に作って、そこにホタルを放すべきです。そんなことも考えずに、ただ放すだけだと、放されたホタルだって困ってしまうわけで......」
「ですよね」
心美が同意したとき、虎太郎が手をあげた。
「ところで、ぼく、カダヤシが池からいなくなった理由がわかったような気がします」
「ほう、それじゃ虎太郎くんの考えを聞いてみようか」
大雅に好奇心に満ちた目を向けられ、虎太郎が胸を張って答えた。
「きっと、友田さんが目撃したコサギが食べたんですよ。コサギは渡り鳥です。秋に南へ渡る途中、偶然この学校の池に下りたのでしょう。そこにエサとなるカダヤシがいた。そういうことだと思います」
「そっか、コサギが外来種を駆除してくれたのね。でも、メダカはだれが持ちこんだのかしら?」
さくらのこの質問には、虎太郎は答えられなかった。
「それはわかりません。やはり小清水先輩でしょうか......」
すると、心美が「メダカを持ちこんだ犯人もわかりました」と声を張った。
「大場先輩、すごい。だれなんですか、メダカを池に放したのは?」
虎太郎から賞賛(しょうさん)のまなざしで見つめられ、心美はまたしても頬を赤らめた。
「メダカを持ちこんだのも、たぶんコサギです」
「えっ!」「そんなバカな」「噓(うそ)でしょ」
虎太郎と悠馬とさくらの声がそろう。3人とも心美の言葉を信じていなかったが、心美は動じなかった。
「黒瀬さん、メダカは卵で産まれますよね?」
突然話を振られた千紘はびっくりした顔でうなずいた。
「そうそう。昨日も言ったと思うけど、カダヤシは卵胎生で、メダカは卵生」
「では、メダカはどこに卵を産むのですか?」
「えっと、たしか水草に産みつけるはずだけど......」
「ですよね」心美がにっこりと笑う。「コサギはこの池に立ち寄る前に、どこかの水辺でエサを探したはずです。そこにメダカがすんでいて、水草に卵を産んでいたのだと思います。コサギが水辺を歩くうちに、卵がくっついた水草が、コサギの足にからまったのでしょう。コサギは意図せず、水草ごとメダカの卵を中庭の池に運んだのですよ。それが10月の半ば。メダカはふ化してから成魚になるまで3か月くらいかかるそうです。いまは1月ですから、ちょうど計算が合います」
「すごーい!」千紘が拍手した。「メダカの卵が空を飛んだのね。それって、やっぱり奇跡じゃない?」
マンガ イラスト©中山ゆき/コルク
■著者紹介■
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。
■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。
■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。
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