『鳥飼否宇「生徒会書記はときどき饒舌」
第4話 小さなチョウの正体は?(前編)』

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アタマをきたえる
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2022.11.30
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 文化祭も無事に終了した11月中旬のある日の放課後、生徒会室に集まったメンバーたちは、前日の日曜日のできごとを振り返っていた。
元稲作農家の星野達男の指導のもと、一同は草の生い茂った元水田の草刈りをしたのだ。
「やべえ、右腕があがんない。昨日、鎌を振りすぎたせいだ」
 庶務の北原翔が右の二の腕をおさえてぼやくと、副会長の佐野悠馬がからかった。
「よく言うよ。翔はカマキリのまねばっかして、ろくに草なんか刈ってなかったじゃないか」
 悠馬の言うように、翔は「カマキリ男、参上」と言うと、両手で持った鎌を上下に振りながら悠馬を追いかけまわしていた。
「佐野くんもエラそうに言える立場ではないんじゃないですか」会計の浜松大雅が眼鏡越しに悠馬へ視線をやった。
「鍬(くわ)を頭に乗せて、『カブトマンの逆襲(ぎゃくしゅう)だ!』とか言って、北原くんとふざけ合っていたじゃないですか」
「そうだっけ?」
 悠馬がとぼけると、生徒会長の岡村さくらが場を仕切るように言った。
「まあ、それでもなんとか無事に草刈りも終わったわけだから、いいんじゃない。このあとは星野さんが耕運機で土を耕(たがや)してくれるって言ってたし。ねえ、虎太郎くん」
 さくらが声をかけたのは、星野達男の孫の虎太郎だった。星野虎太郎はまだ1年生だったが、悠馬に誘われてからすっかり生徒会メンバーに なじみ、生徒会室に入りびたるようになっていた。前日の草刈りを一番まじめにやっていたのも虎太郎だった。
「はい、あとは機械の出番だって、じいちゃんが言ってました。春の田植えまで、それほどやることはないみたいです」
「よかった。これ以上草刈りしたら、腕がパンパンになるとこだった」
 翔がぺろりと舌を出したとき、部屋の隅で本を読んでいた書記の大場心美が、急に顔を上げた。
「あ、だれか来た......」
 するとそのとき戸が開き、髪の長い女子生徒が入ってきた。背が高く顔も整っており、人目を引く容姿だった。
「おや、友田さん、どうしたのですか?」と大雅が声をかけた。
 女子生徒が大雅の姿を認め、近づいた。
「あー浜松いたか。この前、生徒会に虫オタがいるって言ってたじゃん。それ、どいつ?」
 見た目とギャップがありすぎる女子生徒の乱暴な言葉づかいに、一同が口あんぐりとなるなか、大雅が女子生徒を紹介した。
「えっと、この人は二学期に2年1組に転校してきた友田エリさん。えっと、虫オタというか......昆虫好きなのは、そこにいる北原くんだけど、どうしたの?」
 エリはつかつかと翔に歩み寄ると、ブレザーのポケットから封筒を取り出した。
「昨日拾った小さなチョウ。あんたにあげるわ」
 いきなり封筒を差し出され、翔はきょとんとした。
「あのー、ちょっと意味がわからないんですけど......」
「せっかくあげるって言ってんのに、めんどくせえな。えっと、うちは昨日の日曜日、家族で高尾山に行ったわけ。高尾山知ってるでしょ? その山頂でスケッチしてたら......」
 エリの説明を、悠馬が遮った。
「スケッチ?」
 説明を邪魔されたエリが悠馬をにらむと、大雅が場をとりなした。
「友田さんは美術部なんですよ。いつもスケッチブックとパステルを持ち歩いていて、気に入った場所があったらスケッチをする。そうですよね、友田さん?」
「ああ」エリはうなずいて、説明を続けた。「で、スケッチしてたら、地面でチョウが死んでいた。生徒会には虫オタがいるって、浜松が言ってたのを思い出したから、拾ってきてやった。ありがたく、受け取れ! どうした、美女からのプレゼントはおそれ多くて受け取れないのか?」  自分で美女と言い切るエリもエリだが、それは事実なので翔は言い返せなかった。むしろ男っぽい口調にたじろぐばかりだった。
「じゃあ、いただきます。ありがとうございます」
 翔が封筒を受け取り、封を開けて逆さにして振った。すると2センチくらいの小さなチョウが羽を閉じた状態で、机の上に転がり出た。
「なんだ、ルリシジミじゃん!」
 それまで緊張していた翔の口調がくだけた感じになった。
「それは珍しいチョウじゃないの?」
 さくらが聞くと、翔はカバンから昆虫図鑑を取り出して開いた。
「ほら、これがルリシジミ。『北海道から九州にかけて普通に見られる』って書いてあるだろ?」
「わざわざ学校に図鑑まで持ってきてんのか。さすが、虫オタは違うな」悠馬が図鑑をのぞきこみ、机の上のチョウと見比べた。「でも翔、このチョウは羽の裏が緑色だから、どちらかといえばこっちのほうに似てない?」
 悠馬が指さしたのはオガサワラシジミというチョウだった。

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写真:左 photolibrary 右 amana images

「そんな、バカな......」一瞬にして翔の顔色が変わった。「ありえない、いや、ありえないって......」
「どうしたんだ、翔?」「北原くん、なにがあったんです?」
 悠馬と大雅の声がそろうと、翔が真剣な顔で答えた。
「後羽の付け根が緑色ってことは、悠馬の言うようにこのチョウはオガサワラシジミの可能性が高い。でも、名前の通り、オガサワラシジミは小笠原にしかいない。高尾山なんかにいるはずがない!」
 即座にエリが口を尖らした。
「あんた、うちが嘘ついているとでも? 昨日高尾山に行ったことは家族が証明してくれるし、うちがこのチョウを拾う場面は母さんが見ていたから、絶対間違いない」
「オガサワラにしかいないってのが、間違いなんじゃないの?」と悠馬。「実際には高尾山にもいたのに、専門家の人が見つけていなかっただけとか」
「それはないと思う。チョウは人気のある昆虫だから、これまでにもたくさんの専門家やマニアが日本中探し回っている。それなのに高尾山のような人の多い場所でこれまで見つからなかったはずはない。それに、チョウは幼虫時代に食べる植物が決まっているんだ。図鑑によるとオガサワラシジミはオオバシマムラサキという植物の葉を食べるらしい。でも、この植物は小笠原の固有種らしいから、高尾山に生えているはずがない」
 珍しく理路整然とした翔の反論に、さくらが感心したように目を丸くした。
「こんなのどうかしら。ほら、9月に台風が来たじゃない。もしかしたら、友田さんが拾ったチョウはあのときの台風で飛ばされてきたんじゃないかしら。はるばる高尾山まで飛ばされてきて、なんとか2か月間は生きていたけど、ついに力尽きた。それならば、説明がつくんじゃない?」 「チョウが台風で飛ばされるって、そんなバカな!」
 悠馬はすぐに否定したが、意外にも虎太郎がさくらの肩を持った。虎太郎はバードウォッチングにハマっていた。
「さくら先輩の考え、悪くないんじゃないでしょうか。野鳥もよく台風に巻き込まれて、遠くまで運ばれます。本来は南の海にしかいないような鳥が、台風で日本に運ばれてニュースになることもあります。台風のあと、バードウォッチャーは珍しい鳥が迷ってきていないかどうか、一生懸命探すそうですよ」
「チョウでもそんな例はたくさんある」翔が言った。「鳥の場合は迷鳥、チョウの場合は迷蝶、どちらもメイチョウだけど、字が違う」
「そうなんだ!」さくらが目を輝かせた。「もしかして、わたしが正解?」
 しかし、翔は首を左右に振った。
「残念だけど、その可能性もゼロに近いと思う」
「えっ、どうして?」
「日本で迷蝶(めいちょう)とよばれるのは、日本にはいないけど、南国にはごく普通にいるチョウなんだ。たくさんのチョウが台風で飛ばされて、そのうちたまたま一匹が見つかる。そんな感じだと思う。ところがオガサワラシジミは絶滅寸前で数が少ないチョウなんだ。そんなチョウが飛ばされた場所でたまたま発見されるなんて、奇跡に近いと思う」
翔の意見を受けて、途中からタブレット端末でなにやら検索をしていた大雅が顔を上げた。
「北原くんの言うとおりですね。オガサワラシジミは小笠原諸島の母島にしかいなくて、もう何年も野生では確認されていないとあります。専門家の間では絶滅したんじゃないかという意見もあるようですよ」
「えっ、だったらこれは?」
 さくらが納得のいかない顔で机の上のチョウを見つめていると、大雅がさらに検索結果を伝えた。
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「おもしろいですね、このオガサワラシジミというチョウ。絶滅が心配されはじめてから、東京の多摩動物公園と新宿御苑で人工飼育されていたみたいですよ。そこで増やして、本来の生息地である小笠原に戻す計画だったようです」
「わかった!」虎太郎が元気に手をあげた。「友田さんが拾ったチョウは、多摩動物公園から逃げ出してきたんじゃないですか? 多摩動物公園と高尾山ならそんなに離れていないし、絶滅したかもしれない母島から飛ばされてきたと考えるより、ずっと可能性が高いと思いますけど、どうでしょうか?」
「いや、待ってください」大雅はなおもタブレット端末の画面を見つめていた。「オガサワラシジミの人工飼育、最初は順調に進んでいたみたいですが、途中からうまく繁殖ができなくなって、2020年8月25日にすべてのチョウが死んでしまったみたいです」
「そうなんですか!」虎太郎ががっくりうなだれた。「じゃあ、どうして高尾山にそのチョウの死骸(しがい)があったんでしょう」
「おれは虎太郎の考えがいいセンいってると思うな」悠馬が割って入った。「2年前まで多摩動物公園にいたんだったら、そのとき逃げ出したチョウが、高尾山で細々(ほそぼそ)と生きのびていたんじゃねえの?」
 しかし、翔は再び首を振った。
「チョウの寿命はそれほど長くないよ。羽化した後はせいぜい数週間、もって1か月ってところだと思う。2年も生きるなんて考えられない」
「だったらさあ、実はずっと前に死んでたんじゃないの?」悠馬も引かなかった。「多摩動物公園から逃げ出して高尾山までたどり着いたのはいいけれど、仲間もなく子孫を残せずに死んでしまった。そのまま死骸はずっと山頂にあったのだけど、なにしろ小さなチョウだから、だれも気がつかなかった。普通の人は通り過ぎるだけだろうから、気がつかないのさ。ところが絵心のある友田さんは違った。スケッチで目をきたえている友田さんだからこそ、この珍しいチョウの死骸を見つけられたんじゃないかなあ」
 エリが大きくうなずいた。
「さすがよくわかってるじゃん。うちは美しいものは見逃さないからね」
 目くばせをする悠馬とエリに異を唱えたのは大雅だった。
「それはないでしょう。昆虫の死骸はすぐにアリなどに食べられてしまいます。でなければ、腐(くさ)ってなくなってしあう。羽は残ったかもしれませんが、体の部分も残っているのですから、これは死んでまもないチョウだと思います」
「だったら、どうしてそのチョウが高尾山の山頂で見つかったんだよ?」
 悠馬が挑むするような口調で聞いたが、誰も答える者はいなかった。

マンガ イラスト©中山ゆき/コルク


■著者紹介■
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。

■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。

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