『田内学 連載 ミライ中学 投資部!
第4話 「ピラミッドの建設費はいくら?」』

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2022.06.20
「ミライ中学 投資部!」第4話

「ミライ中学 投資部!」第4話

窓際の席に座った悠木アカリは外をながめていた。雨は昨日から降り続いている。空がこんなにたくさんの水をためているのが、なんだか不思議に思えた。
「この3択クイズは分かるかしら?」
長谷川先生の問いかけで、アカリは視線を黒板に戻した。
先生は、毎月1回、投資部の1年生向けに「お金の授業」をしてくれる。この授業では、いつも3択クイズが出題される。

「みんな、エジプトにあるピラミッド知っているわよね。あのピラミッドを建設したときにかかった費用は、今のお金の価値にするとどれくらいだと思う?」
先生はそう言うと、黒板に3つの選択肢を書いた。
A 4兆円
B 1250億円
C 0円

「さあ、どれかしら?まずは、みんな考えてみて」

クイズを出すときの先生は、うれしそうな顔をしている。生徒を試すのを楽しんでいるようだ。
「0円ってことは無いよな。1250億円か4兆円か、どっちかだよ。アカリはどう思う?」
隣に座る優斗が話しかけてきた。
「国立競技場だったら、1500億円かかったってニュースで見たよ」
「うーん。それよりは多そうじゃないか?」
「え、どうして?」
「だってさ、ピラミッドが作られたときって大昔だろ。そのころには、トラックとか機械とかないし、すべて人手で作っていたわけだから、国立競技場の建設よりもずっと大量の人が働いていたはずだよ」 説得力のある優斗の説明に、いつもアカリは納得してしまう。だけど、なんだか引っかかった。前回の授業のときのクイズでも、先生の用意した答は、アカリたちの想像を超えていたからだ。

「さあ、そろそろ考えがまとまったかしら」
先生が、部員たちの会話をさえぎった。
「まずは、答がAだと思う人は手をあげて」
アカリや優斗を含めて18人の生徒が手をあげた。同じように、Bを選んだのは12人、Cを選ぶ人は誰もいなかった。

「なるほどね」
先生の口元が少し笑っている。
「現代にピラミッドを再現すると、1250億円かかるという計算があるの。だけど、それは今の技術を使って建設した場合ね。ピラミッドが建設された当時の工法で作ると、もっと多くの人に働いてもらわないといけないから4兆円かかると言われているわ。だから、正解は、Aの4兆円、、、」
アカリの隣で、優斗は「よっしゃあ」とつぶやきながら小さくガッツポーズをした。

「と言いたいところなんだけど・・・・
正解は、Cの0円でしたー!!」

みんなが不正解だったことが先生は嬉しそうだ。
「えー、なんでなんですか?」多くの部員が納得いかない。

「エジプトのピラミッドができたのは4000年以上も前だから、お金はまだ発明されてなかったの。だから、ピラミッドを作る予算は0円だったの」
「じゃあ、お金が無いのにどうやって作ったんですか?」と、先生に食いつく優斗。
「いい質問ね。そこが、今日の授業のメインテーマよ。一年生は、この前、赤城山に行ったこと覚えているわよね。」
アカリと優斗は忘れるはずはない。重い丸太を運ばされただけではなく、往復10キロも走らされたのだ。
「あのときは、協力者を集めることができたから、お金を調達する必要がなくなったわ」
「たしかにそうでしたね」
「古代エジプトでも、お金を使わずにピラミッドを作ることができたのよ」
先生は『お金とは、コミュニケーション道具だ』という話をはじめた。

エジプトの王は、お金を払わずに、莫大な数の労働者を働かせて作り上げた。ただし、労働者たちは「ただ働き」をさせられたのではなかった。報酬として食料や衣服などを受け取ったし、ビールもふるまわれたという記録もある。支給されたその食料や衣服やビールもまた、大勢の労働者によって作られている。ピラミッドの建設に、お金はまったくかかっていない。
当時、ピラミッド建設を成し遂げたのは、王の絶対的な権力があったからだった。王の権力のもと、指揮官が労働者たちに命令を伝えて働かせていたことだろう。たとえばこんな具合に。
「今日のキミたちの班の仕事は、ほかの班が切り出した巨石を採石場からナイル川の船着き場まで運ぶことだ。昼と夜には、いつもの広場で食事がふるまわれる。新しい服も支給される」
ピラミッド建設に関わる仕事だけでなく、食材の調達や調理、綿花の栽培から衣服の製作に至るまで、すべての仕事を命令していただろう。
絶対的な権力者である王の場合はこのようにできたが、一般の人たちはどうだっただろう?
お金が存在しない当時、権力を持たない一市民が人に働いてもらうのは、簡単ではなかった。家族や仲の良い人たちには働いてもらえても、知らない人の協力を得るには交渉が必要だったはずだ。
現代では、権力がなくても、言語の伝わらない外国にいても、相手が提示した価格さえ払えばほかの人に働いてもらうことができる。お金が交渉をしてくれているのだ。

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つまり、お金とは、だれかに働いてもらうためのコミュニケーションの道具なのだ。

先生の説明を聞いているうちに、アカリのなかでお金に対する考え方が少しずつ変わってきた。
「たとえば、無人島にはお金は持っていかないわよね。お金って価値があるはずなのに。不思議だと思わない?」と先生は続ける。
「そうかあ。交渉する相手がいないから、ですね。コミュニケーションの道具でしかないお金には意味がないってことですね」
「悠木さん、その通りよ」
先生は別の例も示した。
「梶君が、お母さんにそろばんを教えてもらうときには、お金を払わなくていいわよね。交渉する必要がないから。だけど、ほかのそろばん教室に通うなら、お金を払わないといけないわよね」
「なるほど。家のなかでは交渉する必要がないけど、家の外では交渉が必要だからお金を使っているということですね」今度は、優斗が答えた。

「お金というものが発明されたから、見ず知らずの人が自分のために働いてくれるし、自分も見ず知らずの人のために働くことができるの。お金が社会を広げたともいえるわよね」

アカリは、自分がどこでお金を払ったか考えてみた。コンビニ、書店、映画館。自分の知らない多くの人たちが、自分のために働いてくれる姿が想像できた。急に世界が広がった気がした。お金のおかげで生きているんじゃなくて、お金という「コミュニケーションの道具」を使ってみんなと一緒に生きているという実感がわいてきた。

アカリの隣では、優斗が少し不思議そうにしていた。
どうして、自分の家のそろばん教室を、先生が知っていただろうか。

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マンガ イラスト©髙堀健太/コルク





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著者紹介 田内学
書籍「お金のむこうに人がいる」(ダイヤモンド社)著者
国際大学対抗プログラミングコンテストアジア大会入賞。
2003年に東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。
以後、ゴールドマン・サックス証券株式会社に金利トレーダーとして16年間勤務。
日銀による金利指標改革にも携わる。

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