『鳥飼否宇「生徒会書記はときどき饒舌」
第11話 盗んだのは誰?(後編)』
「おれの桃がなくなった。だれがとったんだよ?」
生徒会庶務の北原翔が叫んだ。副会長の佐野悠馬が疑いの目を向けた。
「翔、桃なんか本当に持ってきたのか? 持ってきたつもりで、デイパックのなかに入れ忘れたんじゃないのか?」
その問いに答えたのは、生徒会長の岡村さくらだった。
「そうか、遅れてきた佐野くんは知らないんだね。北原くんはたしかに桃を一つ持ってきていたわ。ポテチやチョコも。私、北原くんのデイパックの中を確認したから、まちがいないわ」
「そうだったんだ。疑ってごめん」
悠馬が謝(あやま)っても、翔の怒りはおさまらなかった。
「そんなことよりだれがおれの桃を盗んだんだよ! すぐに返してくれ、返せ!」
「まあ、そう落ちこまないで。桃ならここにたくさんあるし、いくつでも食べていいから」
オトナの星野達男がタライを指差してなぐさめようとしたが、あまり効果はなかった。
「そういう問題じゃないんです。ここにいる仲間のだれかが、桃を盗んだ。それが許せないんです」
「そんなに言うのなら、犯人を探してみましょうか」
会計の浜松大雅が眼鏡に手を添えた。
「今朝、遅れて到着した、佐野くんと虎太郎くんとボク、そしてもっと遅く着いた小清水くんは、北原くんが桃を持ってきたことを知りませんでした。なので、盗もうとするはずがない。ほかのみなさんは桃のことを知っていたのでしょうか?」
さくらが答える。
「先に着いていたのは、星野さんと北原くん、それに黒瀬さん、大場さん、私。この5名は北原くんが桃を持ってきたことを知っていたわ。さすがに北原くんの自作自演ってことはないでしょうから......」
大雅がさえぎった。
「ちょっと待ってください。本当に北原くんの自作自演はありえないでしょうか?」
「あるわけないじゃん」
翔が鼻を鳴らすと、悠馬が言った。
「それはないな。翔は草むしりのあいだ、ずっとおれと一緒だった。桃なんか食べていなかったと証言する」
「わかったわ」
さくらがうなずいた。
「続けると、星野さんが犯人のはずもない。オトナが中学生のものを盗むはずないってのもあるけど、自分の農園で桃をたくさん作られていて、今日も私たちのために持ってきてくださった星野さんがわざわざ他人の桃をとったりするはずがないから」
みんながうなずくと、書記の大場心美がおずおずと小さく手をあげた。
「黒瀬さんも犯人じゃないと思います」
「どうしてでしょう?」
大雅に鋭い口調で問われ、心美はうつむき気味に答えた。
「黒瀬さんはダイエット中だそうです。今朝は朝ごはんをきちんと食べてきたので、お昼まではもうなにも食べないって言ってました。そうですよね?」
生物部の黒瀬千紘が「そのとおり」とうなずく。
「それに黒瀬さんは作業のとき、ずっと私と虎太郎くんと一緒だったから、北原くんのデイパックのところまで行って桃を盗んだりする機会はなかった......」
さくらがそこまで言って、口を手に当ててだまってしまった。
さくらがなぜだまってしまったか考えもせず、千紘が言葉を継(つ)いだ。 「そう、3人はずっと一緒で、途中でいなくなった人はいなかった。だから、岡村さんにもアリバイがあることになるわ。となると、今朝、北原くんが桃を持ってきたことを知っていた人で残っているのは......」
心美がおどおどしながら弁明した。
「たしかに私はひとりで草取りをしていたので、アリバイはありません。でも......」
と、突然、亮がさえぎった。
「犯人はおれだよ。こんなまじめな大場が人のものを盗むはずないじゃん。北原、悪かったな。もう食っちまったから、今度新しい桃を買って返すわ。許してくれ」
大柄で顔の怖い亮にペコリと頭を下げられ、かえって翔のほうが恐縮していた。
「ああ、犯人が分かったから、もういいよ。それに桃なら、星野さんが持ってきてくれたのがあるから、別に弁償してくれなくても平気」
被害者の翔が事態をおさめようとしたのに、大雅はまだ納得がいっていなかった。
「でもおかしくないですか。小清水くんは今朝最後に来たんじゃないですか。どうして北原くんが桃を持っているのを知っていたんですか。それに、今話に出たように、桃なら星野さんが持ってきてくださったものがたくさんあったのに、どうしてわざわざ北原くんの桃を食べたのですか」
「見たんだよ。おれも一人で草をむしってたからアリバイなんてないけど、途中でのどが渇(かわ)いたから、木陰(こかげ)に置いていた自分のバッグに入ってたペットボトルの水を飲みにいった。そんとき、北原のデイパックが少し開いていて、そこから桃が見えたんだ。わざわざその桃を盗んで食べたのは、北原があわてて騒ぐようすを見たかったから。ちょっとしたいたずらだ」
「北原くん、今の話は正しいですか? デイパックは開けてあったのですか?」
大雅の質問に、翔がうなずく。
「ああ、デイパックのなかにはチョコも入ってたんだけど、生徒会長が熱でチョコが溶けるかもなんていうから、少しでも風通しをよくしたほうがいいかと思って、ファスナーを少し開けておいた」
「そっか、それなら本人の言うとおり、小清水くんが犯人で決まりなのかな......」
大雅はまだ納得できていなさそうだったが、そのとき話題を変えるように、星野達男が手をパンパンとたたいた。
「小清水くんもちゃんと謝ったんだから、この件はもうこれで終わりにしよう。それより、せっかくだからうちの桃を食べてくれよ。甘くてうまいぞ」
達男が一人一人に冷えた桃を手渡した。みんな喜んで受け取ったが、二人だけもめた。
一人は千紘だった。
ダイエットを理由に断っていたが、おいしいからと勧められ、ここで食べずに持って帰って家で食べると受け取った。
もうひとりは亮だった。
亮は手を出さないばかりか、ろくに桃を見もせずに、こう言い張った。
「いや、おれはさっき北原のを食べたんでいいです。ホント、もうだいじょうぶです」
かたくなに拒否されて、達男は少しプライドが少し傷つけられたようだったが、さっそく桃をかじったメンバーが口々に「おいしい!」と連発するので、機嫌を直したようだった。
「さっき虎太郎くんと話してたんですけど、有機農業にこだわられているんですよね。有機農業ってどんな苦労があるんですか」
さくらが質問すると、達男が頭をかきながら答えた。
「化学肥料や農薬を用いないのが有機農業、英語で言えばオーガニックだな。家畜の糞(ふん)や動物の骨、魚の粉、稲のわら、植物油のしぼりかすなどの生物から生まれた肥料は使うけれど、化学合成されたものは使わないから、環境にはやさしいし、人体への悪影響もない。日本ではまだあまり知られていないけど、リジェネラティブ農業というのも注目を集めてきている。環境再生型農業というやつで、土壌の健康を保つために有機肥料を使ったり、土を耕さないことが化学肥料を使わないのはもちろん、土を耕さないのが特徴だ」
「どうして耕さないんですか?」
「そのほうが農地の生物多様性を守ることができ、土のなかの有機物を増やすことができるからね。まさに地球にやさしい農業だな」
「そうなんですね」
さくらがうなずいた。
「さっき話してたんですけど、地球にやさしい農業はたいせつですけど、どうしても生産性は下がりますよね」
「そうだな」
達男が苦笑いした。
「一方で農家の人口が減っている分、放棄された農地は増えている。使われていない農地を利用して、環境にやさしい農業を広げていけば、収穫は上がると思う。ただ、一番の問題は、日本の農業は若い担(にな)い手が少ないということだろう。どことなく暗いイメージがあるのかな。農家がもっともうかって地位が上がれば、若いやる気のある人がもっと入ってきて、日本の農業の未来ももっと明るくなると思うのだが」
「そもそも日本って食料自給率が低いですよね」
「米や野菜はいいんだが、小麦や大豆の自給率は圧倒的に低かったはずだ」
大雅がすぐにスマホで調べる。
「本当ですね。小麦は80パーセント以上、大豆は90パーセント以上を輸入に頼ってるんですね。うちはお米よりもパンとかパスタとか小麦のほうをよく食べるのに......。主食を輸入に頼っているなんて、いざというときとても心配です」
「大豆も日本だけじゃ全然足りないんだ」
と、さくら。
「もし輸入が止まったら、豆腐も味噌も納豆もしょうゆも食べられなくなるって、信じられない!」
「世界には飢餓(きが)に苦しむ国がたくさんあるから、それに比べたら、今の日本はたとえ輸入に頼っていても食料に困ることはないぶん、幸せなのかもしれない。しかし、この状態を将来もずっと続けていっていいのかどうか。国の運命にかかわることだから、真剣に考える必要があるな」
そのときじっと下を向いてなにやら考えこんでいた心美が顔を上げた。そのはずみで大きな眼鏡が揺れた。
「やっぱり小清水くんは犯人じゃありません!」
「えっ、いきなりどうしたの?」
目を丸くする悠馬を無視して、心美が小清水の顔を見た。
「小清水くん、もしかしたら桃アレルギーなんじゃないですか」
亮が目をそらす。
その反応を見て、心美は自信を持った。
「やっぱりそうなんですね。だからさっき星野さんが桃を配ったときも受け取らなかったんじゃないですか。たぶん触るのも嫌なくらい激しいアレルギーなんだと思います。違いますか?」
心美に正面からたずねられ、小清水がつい口をすべらせた。
「くちびるがはれてタラコみたいになったことがあって......あっ、いや......」
「やっぱりそうなんですね。桃アレルギーの小清水くんが北原くんの桃を盗むなんて考えられません。犯人は別にいます!」
「でも、だれなんだよ?」翔がつめよった。
「タライにたくさん桃が浮かんでいたのに、犯人はわざわざ北原くんのデイパックのなかの桃を持っていきました。それはなぜでしょう?」
「タライの桃は冷えていたけど、犯人は冷えていない桃が欲しかったから?」
千紘が答えると、心美は「いいセンいってる気がしますけど、ちょっと違うかな」と言った。
「答えは水に浮いた桃をとることができなかったからです」
「そんなやつなんていないだろう」
悠馬が反論する。
「ここにいる人間ならだれだってタライから桃を拾い上げることができたはず」
「そう、そこです。ここにいる人間ならだれでも桃をとれました。でも人間以外だったらどうでしょう? もし私たちが知らないうちに、イヌとかイノシシがやってきたとしても、タライに首を伸ばせば簡単にくわえてとることができたと思います。でも、鳥には無理です。浮いている桃を飛びながらくちばしではさむことはできませんし、足の爪でつまむとしたら大きな鳥しかできない」
「サシバくらいの大きさの鳥ならだいじょうぶかもしれないけど、サシバは肉食動物なので、桃なんか食べません。そっかわかった、カラス! カラスは雑食性で、フルーツもよく食べます」
虎太郎が答えると、心美がにっこり笑った。
「朝、カラスが電線に止まっていました。デイパックはファスナーが開いていたので、上からなら桃が見えたはずです。大きさ的にちょうどカラスがくちばしでくわえられるサイズのおいしい食べ物です。私たちが草取りをするためにここから離れたあと、カラスは電線から下りて、桃をくわえて逃げていったんだと思います。カラスは食べ物を安全なところまで持ち帰ってから食べる習性がありますから」
「大場さん、さすがです」
大雅が拍手した。
「でも、それならどうして小清水くんが罪を認めたりしたんですか?」
「それなら私がわかる気がする。あのとき、犯人はアリバイのない大場さんって結論になりそうだったじゃない。小清水くんは大場さんをかばうために、自首したんだよね。ね!」
さくらからキラキラ輝く大きな目で見つめられ、亮はそっぽを向いて立ち上がった。
「あ。オレ急用を思い出したから帰るわ。じゃ、お先!」
そう言い残すと、亮は一目散に逃げ帰った。
生徒会庶務の北原翔が叫んだ。副会長の佐野悠馬が疑いの目を向けた。
「翔、桃なんか本当に持ってきたのか? 持ってきたつもりで、デイパックのなかに入れ忘れたんじゃないのか?」
その問いに答えたのは、生徒会長の岡村さくらだった。
「そうか、遅れてきた佐野くんは知らないんだね。北原くんはたしかに桃を一つ持ってきていたわ。ポテチやチョコも。私、北原くんのデイパックの中を確認したから、まちがいないわ」
「そうだったんだ。疑ってごめん」
悠馬が謝(あやま)っても、翔の怒りはおさまらなかった。
「そんなことよりだれがおれの桃を盗んだんだよ! すぐに返してくれ、返せ!」
「まあ、そう落ちこまないで。桃ならここにたくさんあるし、いくつでも食べていいから」
オトナの星野達男がタライを指差してなぐさめようとしたが、あまり効果はなかった。
「そういう問題じゃないんです。ここにいる仲間のだれかが、桃を盗んだ。それが許せないんです」
「そんなに言うのなら、犯人を探してみましょうか」
会計の浜松大雅が眼鏡に手を添えた。
「今朝、遅れて到着した、佐野くんと虎太郎くんとボク、そしてもっと遅く着いた小清水くんは、北原くんが桃を持ってきたことを知りませんでした。なので、盗もうとするはずがない。ほかのみなさんは桃のことを知っていたのでしょうか?」
さくらが答える。
「先に着いていたのは、星野さんと北原くん、それに黒瀬さん、大場さん、私。この5名は北原くんが桃を持ってきたことを知っていたわ。さすがに北原くんの自作自演ってことはないでしょうから......」
大雅がさえぎった。
「ちょっと待ってください。本当に北原くんの自作自演はありえないでしょうか?」
「あるわけないじゃん」
翔が鼻を鳴らすと、悠馬が言った。
「それはないな。翔は草むしりのあいだ、ずっとおれと一緒だった。桃なんか食べていなかったと証言する」
「わかったわ」
さくらがうなずいた。
「続けると、星野さんが犯人のはずもない。オトナが中学生のものを盗むはずないってのもあるけど、自分の農園で桃をたくさん作られていて、今日も私たちのために持ってきてくださった星野さんがわざわざ他人の桃をとったりするはずがないから」
みんながうなずくと、書記の大場心美がおずおずと小さく手をあげた。
「黒瀬さんも犯人じゃないと思います」
「どうしてでしょう?」
大雅に鋭い口調で問われ、心美はうつむき気味に答えた。
「黒瀬さんはダイエット中だそうです。今朝は朝ごはんをきちんと食べてきたので、お昼まではもうなにも食べないって言ってました。そうですよね?」
生物部の黒瀬千紘が「そのとおり」とうなずく。
「それに黒瀬さんは作業のとき、ずっと私と虎太郎くんと一緒だったから、北原くんのデイパックのところまで行って桃を盗んだりする機会はなかった......」
さくらがそこまで言って、口を手に当ててだまってしまった。
さくらがなぜだまってしまったか考えもせず、千紘が言葉を継(つ)いだ。 「そう、3人はずっと一緒で、途中でいなくなった人はいなかった。だから、岡村さんにもアリバイがあることになるわ。となると、今朝、北原くんが桃を持ってきたことを知っていた人で残っているのは......」
心美がおどおどしながら弁明した。
「たしかに私はひとりで草取りをしていたので、アリバイはありません。でも......」
と、突然、亮がさえぎった。
「犯人はおれだよ。こんなまじめな大場が人のものを盗むはずないじゃん。北原、悪かったな。もう食っちまったから、今度新しい桃を買って返すわ。許してくれ」
大柄で顔の怖い亮にペコリと頭を下げられ、かえって翔のほうが恐縮していた。
「ああ、犯人が分かったから、もういいよ。それに桃なら、星野さんが持ってきてくれたのがあるから、別に弁償してくれなくても平気」
被害者の翔が事態をおさめようとしたのに、大雅はまだ納得がいっていなかった。
「でもおかしくないですか。小清水くんは今朝最後に来たんじゃないですか。どうして北原くんが桃を持っているのを知っていたんですか。それに、今話に出たように、桃なら星野さんが持ってきてくださったものがたくさんあったのに、どうしてわざわざ北原くんの桃を食べたのですか」
「見たんだよ。おれも一人で草をむしってたからアリバイなんてないけど、途中でのどが渇(かわ)いたから、木陰(こかげ)に置いていた自分のバッグに入ってたペットボトルの水を飲みにいった。そんとき、北原のデイパックが少し開いていて、そこから桃が見えたんだ。わざわざその桃を盗んで食べたのは、北原があわてて騒ぐようすを見たかったから。ちょっとしたいたずらだ」
「北原くん、今の話は正しいですか? デイパックは開けてあったのですか?」
大雅の質問に、翔がうなずく。
「ああ、デイパックのなかにはチョコも入ってたんだけど、生徒会長が熱でチョコが溶けるかもなんていうから、少しでも風通しをよくしたほうがいいかと思って、ファスナーを少し開けておいた」
「そっか、それなら本人の言うとおり、小清水くんが犯人で決まりなのかな......」
大雅はまだ納得できていなさそうだったが、そのとき話題を変えるように、星野達男が手をパンパンとたたいた。
「小清水くんもちゃんと謝ったんだから、この件はもうこれで終わりにしよう。それより、せっかくだからうちの桃を食べてくれよ。甘くてうまいぞ」
達男が一人一人に冷えた桃を手渡した。みんな喜んで受け取ったが、二人だけもめた。
一人は千紘だった。
ダイエットを理由に断っていたが、おいしいからと勧められ、ここで食べずに持って帰って家で食べると受け取った。
もうひとりは亮だった。
亮は手を出さないばかりか、ろくに桃を見もせずに、こう言い張った。
「いや、おれはさっき北原のを食べたんでいいです。ホント、もうだいじょうぶです」
かたくなに拒否されて、達男は少しプライドが少し傷つけられたようだったが、さっそく桃をかじったメンバーが口々に「おいしい!」と連発するので、機嫌を直したようだった。
「さっき虎太郎くんと話してたんですけど、有機農業にこだわられているんですよね。有機農業ってどんな苦労があるんですか」
さくらが質問すると、達男が頭をかきながら答えた。
「化学肥料や農薬を用いないのが有機農業、英語で言えばオーガニックだな。家畜の糞(ふん)や動物の骨、魚の粉、稲のわら、植物油のしぼりかすなどの生物から生まれた肥料は使うけれど、化学合成されたものは使わないから、環境にはやさしいし、人体への悪影響もない。日本ではまだあまり知られていないけど、リジェネラティブ農業というのも注目を集めてきている。環境再生型農業というやつで、土壌の健康を保つために有機肥料を使ったり、土を耕さないことが化学肥料を使わないのはもちろん、土を耕さないのが特徴だ」
「どうして耕さないんですか?」
「そのほうが農地の生物多様性を守ることができ、土のなかの有機物を増やすことができるからね。まさに地球にやさしい農業だな」
「そうなんですね」
さくらがうなずいた。
「さっき話してたんですけど、地球にやさしい農業はたいせつですけど、どうしても生産性は下がりますよね」
「そうだな」
達男が苦笑いした。
「一方で農家の人口が減っている分、放棄された農地は増えている。使われていない農地を利用して、環境にやさしい農業を広げていけば、収穫は上がると思う。ただ、一番の問題は、日本の農業は若い担(にな)い手が少ないということだろう。どことなく暗いイメージがあるのかな。農家がもっともうかって地位が上がれば、若いやる気のある人がもっと入ってきて、日本の農業の未来ももっと明るくなると思うのだが」
「そもそも日本って食料自給率が低いですよね」
「米や野菜はいいんだが、小麦や大豆の自給率は圧倒的に低かったはずだ」
大雅がすぐにスマホで調べる。
※参考:農林水産省「数字で学ぶ 日本の食糧」https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2302/spe1_01.html
「本当ですね。小麦は80パーセント以上、大豆は90パーセント以上を輸入に頼ってるんですね。うちはお米よりもパンとかパスタとか小麦のほうをよく食べるのに......。主食を輸入に頼っているなんて、いざというときとても心配です」
「大豆も日本だけじゃ全然足りないんだ」
と、さくら。
「もし輸入が止まったら、豆腐も味噌も納豆もしょうゆも食べられなくなるって、信じられない!」
「世界には飢餓(きが)に苦しむ国がたくさんあるから、それに比べたら、今の日本はたとえ輸入に頼っていても食料に困ることはないぶん、幸せなのかもしれない。しかし、この状態を将来もずっと続けていっていいのかどうか。国の運命にかかわることだから、真剣に考える必要があるな」
そのときじっと下を向いてなにやら考えこんでいた心美が顔を上げた。そのはずみで大きな眼鏡が揺れた。
「やっぱり小清水くんは犯人じゃありません!」
「えっ、いきなりどうしたの?」
目を丸くする悠馬を無視して、心美が小清水の顔を見た。
「小清水くん、もしかしたら桃アレルギーなんじゃないですか」
亮が目をそらす。
その反応を見て、心美は自信を持った。
「やっぱりそうなんですね。だからさっき星野さんが桃を配ったときも受け取らなかったんじゃないですか。たぶん触るのも嫌なくらい激しいアレルギーなんだと思います。違いますか?」
心美に正面からたずねられ、小清水がつい口をすべらせた。
「くちびるがはれてタラコみたいになったことがあって......あっ、いや......」
「やっぱりそうなんですね。桃アレルギーの小清水くんが北原くんの桃を盗むなんて考えられません。犯人は別にいます!」
「でも、だれなんだよ?」翔がつめよった。
「タライにたくさん桃が浮かんでいたのに、犯人はわざわざ北原くんのデイパックのなかの桃を持っていきました。それはなぜでしょう?」
「タライの桃は冷えていたけど、犯人は冷えていない桃が欲しかったから?」
千紘が答えると、心美は「いいセンいってる気がしますけど、ちょっと違うかな」と言った。
「答えは水に浮いた桃をとることができなかったからです」
「そんなやつなんていないだろう」
悠馬が反論する。
「ここにいる人間ならだれだってタライから桃を拾い上げることができたはず」
「そう、そこです。ここにいる人間ならだれでも桃をとれました。でも人間以外だったらどうでしょう? もし私たちが知らないうちに、イヌとかイノシシがやってきたとしても、タライに首を伸ばせば簡単にくわえてとることができたと思います。でも、鳥には無理です。浮いている桃を飛びながらくちばしではさむことはできませんし、足の爪でつまむとしたら大きな鳥しかできない」
「サシバくらいの大きさの鳥ならだいじょうぶかもしれないけど、サシバは肉食動物なので、桃なんか食べません。そっかわかった、カラス! カラスは雑食性で、フルーツもよく食べます」
虎太郎が答えると、心美がにっこり笑った。
「朝、カラスが電線に止まっていました。デイパックはファスナーが開いていたので、上からなら桃が見えたはずです。大きさ的にちょうどカラスがくちばしでくわえられるサイズのおいしい食べ物です。私たちが草取りをするためにここから離れたあと、カラスは電線から下りて、桃をくわえて逃げていったんだと思います。カラスは食べ物を安全なところまで持ち帰ってから食べる習性がありますから」
「大場さん、さすがです」
大雅が拍手した。
「でも、それならどうして小清水くんが罪を認めたりしたんですか?」
「それなら私がわかる気がする。あのとき、犯人はアリバイのない大場さんって結論になりそうだったじゃない。小清水くんは大場さんをかばうために、自首したんだよね。ね!」
さくらからキラキラ輝く大きな目で見つめられ、亮はそっぽを向いて立ち上がった。
「あ。オレ急用を思い出したから帰るわ。じゃ、お先!」
そう言い残すと、亮は一目散に逃げ帰った。
マンガ イラスト©中山ゆき/コルク
■著者紹介■
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。
■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。
■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。
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