『鳥飼否宇「生徒会書記はときどき饒舌」第8話 超能力騒動(後編)』

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2023.04.15
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「でもさ、地球が温暖化したとして、なにが問題なの?」
 生徒会副会長の佐野悠馬が、会計の浜松大雅に質問した。大雅はしばし思案したあとで口を開いた。
「近年の集中豪雨では、土砂崩れ(どしゃくずれ)や川の氾濫(はんらん)などでかなりの死者が出ています。
家に浸水したり、家がくずれたり、また農作物がだいなしになったりの被害もあとを絶ちません。
交通もまひして、人々の生活に大きな影響を与えています。
猛暑にしても同じです。毎年どれだけの人が熱中症で命を落としているでしょう。外出するだけで危険なんて事態は一昔前まで考えられなかった、と両親が言っていました」
「なるほど。それらの原因が温暖化にあるのだとしたら、たしかに大きな問題だな」
「私も地球温暖化の問題について調べてみたことがある」生徒会長の岡村さくらが発言した。「地球的な規模で見たら、南極の氷や陸地の氷河が溶(と)けはじめているんだって。
これにより世界中の海水面が上昇するおそれがあり、海抜の低い土地は水没する危険性が指摘されているそうよ。南太平洋のツバルやキリバスなどの国は、国のほとんどが海の下に沈んでしまうかもしれないんだって」
「海沿いに住んでいる人にとっては、気が気でない話だな」
 悠馬の言葉を受けて、さくらが続けた。
「砂漠化の問題もあるらしいわ」
「砂漠化?」
「そう。日本にいると実感がないけど、世界のいろんなところで、気候変動が原因と思われる砂漠化が進行しているらしいの。あと、温暖化のせいで大規模な森林火災も増えているそうよ」
「知らなかったな。温暖化は地球のさまざまな国に影響を及ぼしているわけか」
 頭をかく悠馬に、庶務の北原翔が別の事例を紹介した。
「北極の氷が溶けはじめたせいで、ホッキョクグマの居場所がなくなり、ロシアのある村に出没するようになったってニュースを見たことがある。このまま温暖化が進むと、ホッキョクグマは絶滅してしまうかもしれないってさ」
「場所によってはホッキョクグマに影響の出ていない場所もあるようですが、いずれにしたって北極や南極のような寒い場所に適応して暮らしている動物にとって、地球温暖化は死活問題でしょう」大雅がタブレットを操作しながら言った。
「ホッキョクグマは食物連鎖のピラミッドの頂点にいる動物です。そんなる動物が影響を受けると、アザラシとか魚とかそれ以外の動物も多少なりとも影響を受けるはずです」
「魚で思い出したけど、日本近海でとれる魚の種類に変化が起きているそうね。それも温暖化の影響かしら?」
 さくらの質問に答えるべく、大雅がタブレットで検索した。
「全部が温暖化のせいかどうかわからないみたいですが、海流や海水温に変化が表れているのは事実のようですね。
暖流の黒潮や対馬海流の勢いが強くなり、それまで南の海の魚だったブリなどが北日本でもとれるようになったとか。あと、海水温が上がると、南の海のサンゴにも影響が出ます。水温が高すぎると、色とりどりのサンゴが死んでしまい、白くなってしまうようです。海草や海藻も影響を受けているとか」

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 大雅が差し出したタブレットの写真を見て、悠馬が顔をしかめた。
「まるで白骨の林みたいじゃん。海に潜って、サンゴがこんな状態だったら、ダイバーはがっかりだろうな」
 そこで、翔が話に割りこんだ。

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「昆虫の世界も温暖化の影響を受けているんだ。ナガサキアゲハは名前の通りもともと九州なんかに多かったチョウだけど、最近は生息地が拡大していて、関東や東北でも見られるようになってきた。ツマグロヒョウモンというチョウや、ヨコヅナサシガメというカメムシ、クマゼミなんかももとは南方系の昆虫だけど、温暖化とともに少しずつ分布が北上しているんだ」
「さすが、虫オタ。虫に関することはくわしいな。でも、温暖化によって虫の分布が北に広がったとしても、それでなにか影響があるのかな?」
「うっ、それは......」
 翔が言葉をつまらせると、部屋のすみで本を読んでいた書記の大場心美が顔をあげた。
「もともとその場所にいなかった生き物が入ってくると、生態系は大きな影響を受けます。東南アジアなどに生息していたクロマダラソテツシジミというチョウは、沖縄には1990年代に、奄美には2000年代に侵入してきました。この小さなチョウの幼虫はソテツの葉を食べて枯らしてしまいます。おかげで沖縄や奄美ではソテツに大きな被害が出たそうです。そしてこのチョウはさらに分布を広げていて、今では関西にも進出して、ソテツに被害を与えているそうです」
「大場さん、すけだちありがとう」翔がぺこりと頭を下げる。「それにしても大場さんくわしいね」
「ちょうどそういう本を読んでいましたから」
 心美が読んでいた本を取り上げ、表紙をみんなに見せた。『地球温暖化とその影響』とう書名がうかがえた。
「勉強熱心だなあ」悠馬は感心するというよりあきれていた。「温暖化でほかにはどんな影響があるだろう?」
「南方系の害虫が温暖化で日本へ進出してくると、農作物が被害を受けるかもしれません。伝染病をもたらすカなんかだと、これまで国内ではあまり心配していなかった病気が広がる可能性だってあります」
「ひゃあ、水害から伝染病まで、地球温暖化の影響は思ったよりも大きいんだなあ。甘く考えていてはいけないって、よくわかったよ」
 悠馬が理解を示すと、心美が大きくうなずいた。その拍子(ひょうし)にかけていた眼鏡が大きく揺(ゆ)れた。
「そうだ、忘れていました。超能力の効果はもう消えたはずです。ラックの上のタブレットはきっと持ち上がると思うんですけど......」 「えっ、本当?」
 翔が窓際に近寄り、スチールラックの上のタブレットに手をのばす。タブレットはかんたんに持ち上がった。
「やっぱり北原くんがタブレットが動かないように手品をしかけていたのね。ひどい!」
 まゆをつりあげるさくらに、翔が懸命(けんめい)に言い訳する。
「違うよ。ぼくはなんにもやってないって。それより怪しいのは大場さんだろう。疑うのなら、大場さんをどうぞ」
 さくらは半信半疑の表情で心美に向き合った。
「大場さん、どういうことか説明できる?」
「はい、説明できると思います。今回の騒動は、温暖化が引き起こした一種のマジックだったんじゃないかと思うんです」
「温暖化によるマジック?」
 さくらが聞き返すと、心美は翔を振り返った。
「説明するためには、まず、北原くんが昨日やってみせようとした超能力の説明をしなければなりません。手品の種明かしを私がしてもよいですか?」
「なんだ、思ったとおり手品だったんだな。翔、おまえが種明かししろよ」
 悠馬に迫られ、翔がしかたなく口を割った。
「この前の日曜日に東京のマジックショップに行ったんだよ。手品に使ういろんなグッズが売っているお店でさ、そこであのスプーンを見つけた。指でスプーンの首の部分をさすると、あら不思議、ぐにゃっと曲がるってその場で実演してくれたんだ。いかにもかんたんそうだし、使えるなと思って買ったんだけど......」
「実際にやってみると曲がらなかったわけですね。にせものをつかまされたんじゃないですか」
 大雅に指摘され、翔はしゅんとした。すると心美が意外なことを言った。
「北原くんは優しすぎたので超能力を発揮できなかったんですよ」
「意味がわからないんだけど......」
 ぽかんとする翔に、心美がにっこり微笑んでみせた。
「北原くん、昨日みんなのためにアイスを買ってきてくれたじゃないですか」
「ああ、そうだけど......」
「しかも、自分だけカップアイスな」
 悠馬が蒸(む)し返すと、心美が眼鏡を揺らしながらうなずいた。
「それも超能力が発揮できなかった原因の一つでした」
「わかんないなあ。大場さん、みんなにわかるように説明してもらえませんか」
 大雅がみけんにしわを寄せたので、心美は恐縮して顔を伏せた。
「すみません。説明がへたくそで。昨日、北原くんは私たちのためにアイスを買ってきてくれました。そしてアイスを食べたあと超能力を見せようと思って、マジックショップで買ったスプーンをアイスの袋に入れていました。しかも、北原くんはそのスプーンでアイスクリームをすくって食べました。スプーンに種もしかけもないことをみんなに知らしめようとしたのでしょうが、それが失敗だったんです。北原くん、あのときスプーンは冷たくなっていたんじゃないですか?」
「うん、キンキンに冷えていたけど、それが何か?」
「最初に答えを言ってしまいますが、あのスプーンはガリウムでできていたんだと思います」
「ガリウム......なんじゃ、それ?」
 悠馬の質問に心美が答える前に、大雅がタブレットでガリウムを検索していた。
「原子番号31の元素......金属だけど融点が29.8℃だって!」
「そうなんです。その性質を利用して、液柱温度計や奇術用品などに利用されています」心美はうなずいたが、悠馬と翔がぽかんとしているのを見て、補足説明をした。「融点が29.8℃ということは、30℃の熱を加えると溶けて液体になってしまうということです。人間の体温は36℃くらいですから、しばらく触れていると溶けだします」
「わかった」さくらが手をあげた。「ガリウム製のスプーンをこすったら、そこが溶けてぐにゃっと曲がるわけね。ところが昨日、北原くんはスプーンとアイスを一緒に入れていたために、スプーンはキンキンに冷えていた。おかげで少しさすったくらいでは、融点の29.8℃に届かなかった」
「そうだったのか」翔がうなだれる。「アイスなんか買ってこなければよかった......」
 にこっと笑って心美が続けた。
「超能力を発揮できなかった北原くんは怒ってスプーンを放り投げました。見ていませんでしたが、チャリーンと音がしたので、スプーンはおそらくスチールラックの上に落ちたのでしょう。昨日は夏日で気温が25℃以上ありました。日の当たる窓際のスチールラックの上の温度はきっと30℃以上になっていたと思います。そこに落ちたスプーンは熱で次第に溶けて、やがて液体になってしまった。ところがスチールラック自体が金属なので、その上で溶けた液体ガリウムは目立たちませんでした。運が悪いことに、岡村さんは液体ガリウムがこぼれていることに気づかず、その上にタブレットを置いてしまった」
「ようやくわかりました」大雅が眼鏡に手を添えた。「昨夜は放射冷却のせいで気温が下がりました。ガリウムは液体から個体に戻り、その際にスチールラックとタブレットをくっつけてしまう接着剤の役割を果たしたのですね」
「そういうことです」心美が笑った。「温暖化のマジックでしょ」
※小説中ではガリウムスプーンでアイスクリームを食べていますが、実際の使用方法は製品の注意書きに従ってください。

マンガ イラスト©中山ゆき/コルク


■著者紹介■
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。

■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。

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