『田内学 連載 ミライ中学 投資部!
第11話 「アカリの贈り物」』

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#学校#将来
2023.01.20
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2月14日。
アカリはずっとそわそわしていた。4時間目の数学が終わるとすぐに投資部の部室に向かった。
廊下を歩きながら、昨日の会話を思い出す。
「たまには私たちの工具の手入れした方がいいよね。明日、昼休みに部室に行かない?」
「今、手入れしたらいいじゃん」
「今日は手入れする気分じゃないのよ」
「わけわかんねえな。まあいいや。じゃあ、明日な」
優斗は自分に興味がないのか、それともただ鈍いだけなのか、ずっと気になっていた。

部室の扉を開けると、軍手をした優斗が立っていた。
「遅せーよ。さっさと始めようぜ」
本気で工具の手入れをするつもりでいる彼の姿にアカリはずっこけそうになった。
「ちょ、ちょっと待って。その前にさ、私、、」
「あ、そっか。素手だと危ないよな」
優斗は、棚から軍手をとって渡そうとする。
「違うわよ。もう!」
空気の読めない優斗に、アカリはイライラした。
カバンから赤いリボンのかかった箱を取り出す。そして、うつむいたまま優斗に差し出した。
「こ、これ...」
ようやく状況が飲み込めた優斗はわかりやすく顔を赤らめた。
「...!!な、なんだよ、これ」
「おいしいかどうか分かんないんだけど...チョコレートクッキー...焼いてみたんだよね」
「えっ、お、お、お、お、俺に?」
ガラガラガラ。
部室の扉が突然開いて、長谷川先生が入って来た。
「あれ、二人とも、いつもより早くない?」
「あー、ごめんごめん。今日は、バレンタインデーだったわね」
「えっ、ちっ、違うんです」アカリは全力で否定する。「私、優斗くんのお母さんのそろばん教室でずっとお世話になっていたので、えっと、これはそのお礼!お礼です...!!!」
「そ、そうなの?」優斗が悲しげな顔をする。
「あっ、当たり前じゃない!ちゃんとお母さんに渡してよね」
アカリはクッキーの箱を押し付けるように渡した。
「...あ、ありがとう」
すぐに、アカリは話題を変えた。
「そういえば、先生もそろばん教室に通っていたんですよね?」
「うん、私も昔、優斗くんのお母さんにはお世話になったのよ。昔だけじゃないわ。今もね。こうして投資部を作ったのも、お母さんの後押しがあったからなの」
「えっ、うちの母さんが?」優斗は驚く「証券会社をやめて、学校の先生になったってのも関係あります?」
「私ね、証券会社で投資を学んだつもりだったけど、本当の投資を教えてくれたのは優斗くんのお母さんだったのよ」
「母さん、お金のこと全然わかってなし、生徒は多いのに全然もうかってないですよ」優斗が笑う。
「私もね、優斗くんと同じことを思って、助言しに行ったことがあったの。銀行にお金を融資してもらって、そろばん事業にもっと投資した方がいいですよってね。駅前の一等地に場所を借りてもっと人を雇ったら生徒も増やせるし、教室もかっこよくしたら月謝も高くできるし、動画配信したりリモートで教えたりすることもできる。そうしたらもっと儲けることができますよって言ったの」
「絶対その方がいいと僕でも思いますよ」
優斗は大きく頷いた。
「だけどね。お母さんに『そろばん事業に投資をして、お金もうけしたいわけじゃないの』って言われたわ」
「母さんは、頭が硬いんだよなあ。お金もうけが嫌いなんですよ」
「違うのよ。続きがあるのよ。お母さんは言ったの。『私の投資はうまく行っているから、大丈夫よ。こうやってあなたが立派に育っているじゃない』って。お母さんは、私にそろばんを教えてくれるだけじゃなくて、いろんな悩みも聞いてくれたし、礼儀作法も教えてくれた。お母さんは一人一人と向き合いたいから、規模を大きくしたくないし、月謝を高くすると通えなくなる子がいることも気にしていたのよ。だから、ぎりぎりの範囲でお金をもらっているんだって言っていたわ」
「私も、小学校の時、友達との仲直りの方法を、優斗のお母さんに教えてもらったことがあります」
「ええっ、そうだったんですか。僕には全然そんな話しないからなあ」
長谷川先生はなつかしそうに話し続ける。
「ちょうどそのとき、私も仕事のことで悩んでいたし、都会での生活にも疲れていたの。お母さんのその話が後押しになって、今ここにいるのよね。実はね。この投資部の"投資"も、みんなが思っている意味じゃないのよ」
優斗は指で眼鏡を押し上げた。
「知っていますよ。その話、初日に聞きましたよ。お金もうけじゃなくて、未来の社会に役立つものを作るってことですよね」
「たしかに、そう説明したわよね。だけど、私の中では意味がちがうの。投資部では、あなたたちの未来に投資しているの。材木屋さんとかいろんな人たちが協力しているのは、スロープが役立つからという理由もあるけど、あなたたちの成長の手助けをしたいって思ってくださっているの。スロープを撤去しにいったお寺の住職さんもまんぷく食堂のおかみさんも、みんなあなたたちの成長を願っているわよ」
「僕たちの成長ですか」
「私たちの成長ですか」
二人の声が重なる。
「そうよ。勉強だけじゃないのよ。他の人の立場にたって考えることや、社会の一員として何ができるかを考えること。それとね」
長谷川先生は含み笑いをして続けた。
「人を好きになることも大事よね。いまは、私がこの部屋にいると、あなたたちの成長の邪魔になりそうね」
「ちょっと、先生!」
二人の声が完全にそろった。
「あら、息がピッタリね」
先生は嬉しそうに部室から出て行った。
クッキーの箱を抱えたままの優斗に、アカリは声をかけた
「せっかくだから、優斗も少しは食べてよね」
「お、おう」
「じゃあ、工具の手入れを始めましょうか」
アカリは軍手をして、のこぎりに手をのばした。


マンガ イラスト©髙堀健太/コルク


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著者紹介 田内学
書籍「お金のむこうに人がいる」(ダイヤモンド社)著者
国際大学対抗プログラミングコンテストアジア大会入賞。
2003年に東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。
以後、ゴールドマン・サックス証券株式会社に金利トレーダーとして16年間勤務。
日銀による金利指標改革にも携わる。

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