『田内学 連載 ミライ中学 投資部! 
第8話 「しょっぱさと悔しさと優しさと」』

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#将来
2022.10.20
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「すごい真っ赤!」
お寺の門をくぐると別世界が広がっていた。
3ヶ月前に緑色だった境内のもみじはすべて紅く染まり、本堂へと続く石畳にも赤い葉がこぼれ落ちている。
悠木アカリは、ポケットからスマホを取り出した。母親にもこの景色を見せてあげようと思いながら、シャッターを押す。
何枚か写真を撮ったところで、梶優斗に声をかけられた。
「アカリ、何してるんだよ。俺たちは、スロープを撤去しに来たんだぞ」
真っ赤な別世界から一気に現実に引き戻された。優斗の隣に立つ長谷川先生から、話を聞かされたのは1時間前のことだった。

「悠木さん、梶くん、ちょっといいかな」
先生が話しかけてきたとき、二人は堀内製材所から届いた板の枚数をチェックしていた。
「あなたたちが、3ヶ月前に初めて作ったスロープ覚えてるわよね?」
「もちろん。そのお祝いにご馳走してくれた焼肉の味も覚えてますよ」
優斗の言葉に、アカリもうなずく。板から作り上げた達成感もあって、今まで食べた中で一番美味しく感じた焼肉だった。
「実はね。そのスロープを設置したお寺から、さっき電話があったのよ」
そのお寺の境内から本堂に上がるのに5段ほどの階段がある。その階段の形状に合わせて設置したスロープが、二人が初めて完成させた作品だった。ベビーカーや車椅子を押す人たちのことを考えながら作り上げた。
きっと、お礼の電話がかかってきたのだろうと、アカリは思った。この時期、紅葉目当てで訪れる人が多いから、多くの人々に利用されている様子をアカリは頭に描いていた。

ところが、先生の口から出たのは意外な言葉だった。
「言いにくいんだけど、撤去してほしいという連絡だったのよね」
先生の話によると、スロープの傾斜が急だったせいで、利用する人はほとんどいなかったそうだ。さらにこの季節はスロープの上に積もったもみじの葉っぱで滑りやすくなっているらしい。危険だから、撤去したいということだった。
「えっ」
体の力が抜けて、アカリは膝から崩れ落ちそうになる。何度も試作品を作ったし、手に豆ができるまでノコギリを握った。それが全部無駄になってしまったのだ。
「せっかく作ったのに、撤去しないといけないんですか?」
優斗は納得がいかないようだ。
「ここは、工作部じゃなくて、投資部なの。どんなにいい作品でも誰の役にも立たないなら、失敗なの。残念だけど、今回の"投資"は失敗したのよ」
先生は近くにあった椅子を引き寄せて、腰掛けた。
アカリも優斗も、先生の言葉を待っている。
「悠木さんが初めてこの部室に来たときに私がした話を覚えている?」
先生は、"投資とは何か"について、再び語りはじめた。

「投資」とは、未来のために働くことだ。そして実際に多くの人の役に立ったとき、投資は成功する。
たとえばゲーム会社に100万円投資することを考えてみよう。ゲーム会社では、デザインを考えたりプログラムを書いたり、ゲーム制作に関わる多くの人たちが働いていて、新しいゲームを作ろうとしている。この100万円は働いている彼らのお給料などに使われる。新しいゲームを作るのも、将来ゲームで遊ぶ人たちのために働くことだから、投資だ。

将来、多くの人がゲームを楽しんでくれて売上が伸び、たとえば300万円が投資の配当として手に入ったとする。すると、投資した100万円が300万円になったのだから、差し引き200万円もうかることになる。つまり、多くの人の役に立ったから、もうけることができるのだ。
だけど、そのゲームがつまらなくてだれも買ってくれなければ、だれの役にも立たない。ゲームを作った労力はムダになるし、100万円損することになる。
つまり、将来の多くの人の幸せを予想して働くことが、「投資」なのだ。

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7ヶ月前と、同じ話だった。
アカリは全く同じ話を同じ場所で聞いている。だけど、あのときと今では、受け止め方は全く違っていた。今は実感をともなって、先生の伝えたかったことがよくわかる。
もし、これが投資部じゃなくて実社会の中の会社だったら、とアカリは考えてみた。
お金のことだけを考えるのなら、損をするのはお金を投資した人たちだ。お金をもらってスロープを作っている人たちは損をしない。スロープが利用されようと、撤去されようと、もらえるお金が変わるわけではないからだ。だけど、誰の役にも立たずにムダ働きになっているなら、いまの自分と同じように悲しいだろう。
「投資は、将来の人たちの幸せを予想して働くこと」という先生の言葉がずしりと胸にひびく。
アカリの頭には、投資部に協力してくれた人たちの顔が浮かんだ。赤崎山の丸太を切り出してくれた人たち。堀内製材所の人たちはその丸太を一緒に運んでくれたし、木材をいつも作ってくれる。設計図を書くときは、図工の先生にも手伝ってもらった。手伝ってくれたみんなの労力が無駄になったのだ。

お寺の階段からスロープを取り外す作業を終えると、アカリたちはお寺の中の広間でお茶をご馳走になった。
「ご苦労さんでしたな」
お寺の住職が、梅干しの乗ったお皿を差し出す。設置作業をしたときも頂いた梅干しだ。
「この梅干し、しょっぱくて美味しいですよね」
長谷川先生が梅干しを指でつまんで、口に運ぶ。
「初めから、うまく美味しく作れたわけじゃないんですよ」
そう語る住職の口調は穏やかだ。
「何度も失敗して、梅を無駄にした経験があったから、梅干しが美味しくなったんですよ。失敗した経験から多くのことが学べるんです。失敗もまた、未来の自分への投資ですよ」
下を向いたアカリは、梅干しを噛みしめながら話を聞いている。涙がほほを伝って、口の中にも入ってきた。
しょっぱさと悔しさと優しさが混じっていた。

「ミライ中学 投資部!」第8話 どうだったかな? 一生懸命やっても失敗してしまうこともある。毎日の生活のなかでも実感しているかもしれないね。みんなのクチコミでは「失敗して泣いてしまった話」を募集しているよ!


マンガ イラスト©髙堀健太/コルク






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著者紹介 田内学
書籍「お金のむこうに人がいる」(ダイヤモンド社)著者
国際大学対抗プログラミングコンテストアジア大会入賞。
2003年に東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。
以後、ゴールドマン・サックス証券株式会社に金利トレーダーとして16年間勤務。
日銀による金利指標改革にも携わる。

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