『鳥飼否宇「生徒会書記はときどき饒舌」
第9話 ゴーストカー事件(後編)』
「ぞっとしないか。これがおれたちの恐怖体験、名づけてゴーストカー事件さ」
生徒会副会長の佐野悠馬が両肩を抱くようにして顔で言った。これがすべて悠馬によって語られていたのならば、作り話だろうと笑い飛ばしていたかもしれない。
しかし、ほとんどの部分を語ったのは悠馬の兄の壮馬なのだ。今度大学生になる壮馬が、わざわざ中学生たちをだまして喜ぶとは考えられなかった。
「ってことは、あのトンネルには髪の長い女の人だけではなく、ワンボックスカーの幽霊も出るってこと? 車の幽霊って言いかたが合ってるかどうか知らないけど」
生徒会長の岡村さくらが声をひそめて聞くと、会計の浜松大雅が首をかしげた。
「しかし、車の幽霊と言えますかね。たまたま壮馬さんの車の前と後ろに同じような色と形の車が走っていただけじゃありませんか?」
「それは違う」悠馬がすぐさま否定した。「色と形だけじゃなく、ナンバープレートまでもが同じだったんだぜ。それにどちらも後部座席にたも網が積んであった。同じ車に間違いないって。その車が前に現れたときには、後ろには影も形もなかったんだから、1台に決まっている」
「同じ車だとしたら、その車がトンネルのなかで壮馬さんの車を追い越したんじゃないですか。そう考えるのがもっとも論理的だと思いますけど」
今度は壮馬が否定した。
「浜松くんだっけ、残念ながらそれはなかったと断言できる。そもそもトンネル内での追い越しは禁止されているし、片側1車線しかない狭い道路だから、追い越されたら絶対に気づいたはずだ。一般道ならよそ見をしていて追い越されたのに気づかなかったなんてことが絶対ないとも言い切れないけど、トンネルのなかではそれはありえないよ」
「壮馬さんがそこまでおっしゃるのなら、わかりました。追い越されたという仮説は撤回(てっかい)します」
大雅が折れたところで、さくらが別の疑問を投げかけた。
「でも、そのワンボックスカー、どこへ行こうとしていたんでしょうね。たも網なんか積んでいたんだから、K湖に釣りに行こうとしていたのかしら」
「K湖はゲンゴロウやガムシなど、水生昆虫の宝庫でもあるから、もしかしたら昆虫採集かも」
すかさず昆虫マニアぶりを発揮する庶務の北原翔に、悠馬があきれたように言った。
「車は幽霊だったんだから、どこへ行こうとしていたわけでもないよ。出現するのはトンネルの前後だけなんだもん。あのときだって車が背後に現れたのはトンネルに入る少し前からだったし、トンネルから出たときにはもう姿が見えなかった」
「あのトンネルで、ワンボックスカーの事故があったりしたんですか?」
さくらは壮馬に質問したが、答えたのは悠馬だった。
「一応ネットで調べたけど、わからなかった。もしかしたら、ネットなんかがあまり発達していなかった、昔に事故があったのかもしれない」
「その幽霊ワンボックスカーは昔の車だったんですか」
「それはなんともいえないなあ。あの手の車って昔からあまりデザインが変わっていないみたいだし」
「そっかあ......」
さくらは口をにごして、書記の大場心美に目をやった。心美はこれまで生徒会のまわりで起きた不思議な事件をいくつも解決してきた。今度もまた解き明かしてくれるのではないかと期待したのだ。
さくらが心美に視線を向けたのを見て、壮馬が話を振った。
「そういえばきみ、さっきなにか言おうとしていたよね。ぼくがEV(電気自動車)の今後の普及の見通しについてしゃべったあとだったと思うけど」
みんなの視線が心美に集まった。突然注目を浴び、恥ずかしがり屋の心美は顔をふせてしまった。
「電気自動車は大気汚染物質を排出しなくて、環境には優しいと思うんですけど、そこまで賞賛していいものなんだろうかと思って......」
「というと?」
「電気自動車を動かすためには、あたりまえですけど電気が必要ですよね。でも、日本ではまだまだ発電は火力発電に頼っていますよね。火力発電の燃料は石炭や液化天然ガスなどの化石燃料でしょう。結局、大量の電気を作るために、大量の二酸化炭素を出していることになりませんか?」
理路整然とした心美の発言に、壮馬が目を見張った。
「きみ、なかなか鋭いね。たしかにEVは環境にやさしいけど、その動力源である電気を作るために環境を悪くしているのでは、元も子もないね」
壮馬に認められ、ただでさえ赤らんでいた心美のほっぺたがトマトのように色づいた。心美がほめられたことでライバル心に火がついたのか、さくらが意見を述べた。
「それを言うなら、電気自動車を作る工場でも、大量の電気を使っているんじゃないでしょうか。現代の社会は電気なしには一歩も前に進めません。いかにしてクリーンな電気を作り出すかということが課題なのだと思います」
「さすが生徒会長」壮馬が持ちあげる。「ぼくも岡村さんの言うとおりだと思う。実はEVのほうがHVよりも製造段階でより多くの電気を必要とすると言われている。それを考えると、書記の大場さんだっけ、きみの言うようにEV化が進んだからといって、手放しで喜んでいいわけではない。
しかし、いつまでも化石燃料に頼っていてはいけない。二酸化炭素が地球にダメージを与えるのは間違いないし、そもそも化石燃料はいつかなくなってしまうものだ。現時点では、HVがいいのか、EVがいいのか、そのほかのエコカーがいいのかなんて、だれにもわからない。必要なのは車だけではなく今の世のなかを、化石燃料を使わなくてすむような社会に変革していくことなんだと思う。そうしないとぼくらの時代で地球がやばいことになってしまうかもしれない。ベストな方法をこれから一緒に考えていこうよ」
壮馬がさわやかな笑顔でそうまとめると、すぐに翔が手を挙げた。
「考えてみました」
「えっ、もう考えたの?」壮馬が目を丸くした。
「壮馬さんたちが見たワンボックスカーですけど、やっぱり虫捕りに行く途中だったんだと思います」
「そっちかよ!」とつっこみながら、悠馬がずっこける。
「ああ、その話ね」壮馬も内心のけぞりながら応じた。「どうしてそう思うのかな?」
「車のナンバーですよ。『1164』って、『イイムシ』って読めるじゃないですか」
「今度はダジャレかよ!」
悠馬が再びつっこみを入れたが、翔は真顔だった。
「いや、まじめな話なんで、聞いてくれよ。今って、車のナンバーを自分で希望することができるんですよね?」
「ああ」壮馬がうなずいた。「希望ナンバー制度といって、申請することができる。『1111』とか『8888』とか人気のある番号は抽選になるみたいだけど」
壮馬の言葉を聞き、翔がうなずいた。
「ですよね。虫屋......というのは昆虫愛好家のことですけど、その虫屋のなかでは語呂合わせで縁起がいいんで、『1164』がはやってたことがあるんですよ。おれの知ってる大学生の虫屋さんもたしかその番号でした」
「翔が言いたいのは、その大学生の虫屋さんがあのトンネルで事故死して、幽霊になって出ているってこと?」
まゆをひそめる悠馬に、翔は大きく首を横に振った。
「違うよ、勝手に殺すなよ。その虫屋の先輩、まだ生きてるし。ついこの前も虫捕りに連れていってもらったばかりで......あれ、先輩の車、そういえばシルバーのワンボックスカーじゃなかったかな。ちょっと確かめてくる」
翔はスマホを取り出すと、電話をかけるために少し離れたところへ移動した。その姿を見送って、心美が壮馬と悠馬に言った。
「北原くんの話を聞いて、私、ゴーストカーの正体がわかった気がします」
「マジかよ」と悠馬。「正体、教えてくれよ」
「その前に確認させてください。トンネルに入る前、後ろについていた『1164』の車は小刻みに揺れていたんですよね?」
「ああ、揺れていた。おれたちのEVをあおっているみたいだった」
悠馬は嫌な光景を思い出して顔をくもらせたが、心美はほほ笑んでいた。
「では、私の考えを述べます。結論から言えば、さっき浜松くんが言ったように、同じ車種で同じナンバーの車が2台あったんだと思います」
「いやでも......」
反論しようとする悠馬を、壮馬がさえぎった。
「まあ、聞いてみよう。大場さん、続けてくれる?」
「はい。なぜ同じ車が2台あったのか。それは運転手がともに虫屋で、連れ立ってK湖に昆虫採集に向かっていたからです。たぶん荷物がたくさん積めるワンボックスカーが道具の多い虫屋さんにとって使い勝手のいい車なのでしょう。
その日、2台は一緒に行動していたんだと思います。ところが先の車が交差点を通過したあと、後ろの車は赤信号につかまるか何かして、2台の間に壮馬さんが運転する車が偶然入ってしまった。壮馬さんは初心者だったうえに雨が降ってきたので、制限速度を下回るスピードで運転されていた。そのあいだに前のワンボックスカーのほうはどんどん先に行ってしまい、見えなくなった。一方、後ろのワンボックスカーのほうは仲間において行かれてあせっていた。それで思わずあおるような運転をしてしまった」
「それで揺れていたのか......」
悠馬は納得しそうだったが、心美の考えは異なっていた。
「揺れていたのは別の原因だと思います。後ろの車はいつのまにかパンクしてしまったんだと思います。父の車がパンクしたときに同乗していたことがあるので知っていますが、パンクしても車はしばらく走れますが、しだいに車体が揺れてきますよね。
壮馬さんたちがバックミラー越しに見たとき、後ろの車はそういう状態だったんだと思います。本当は道路のはじに停めて応急処置をしなければならないところですが、タイミング悪くトンネルに入ってしまった。トンネルのなかでは車はむやみに停められません」
「そっか、わかったぞ」壮馬が手を打った。「非常駐車帯に停めたんだな。トンネルの中でトラブルが起こったときに停止できるように、長いトンネルでは途中の何か所か、路肩に駐車スペースが設けられているんだ。後ろのワンボックスカーはそこに緊急停止して、パンクに対処したんだね」
「はい」心美が大きくうなずいたので、眼鏡が揺れた。「そのため後ろのワンボックスカーは視界から消えてしまった。一方、前に行ったほうの車はいつまで経っても仲間の車が来ないので、ようすをうかがうためにスピードを落として走行していた。そこへ壮馬さんの車が来たので、あわててスピードを上げ、トンネルを出たところのロードサイドにあった駐車スペースにでも車を停めて、仲間を待つことにした。激しい雨のせいもあって、壮馬さんはそれに気づかず、トンネルを出てそのままK湖へと向かった。これが真相だったのではないでしょうか」
「きみ、すごいね!」
壮馬が感心して拍手をしたとき、翔が駆けこんできた。
「おい、わかったぞ! そのときの車はやっぱり先輩だったみたい。しかも先輩の虫友も同じナンバーの同じ車種の車を持っててさ......」
「知ってるよ」悠馬が翔の口をふさぐ。「どっちかの車がパンクしたんだろ?」
生徒会副会長の佐野悠馬が両肩を抱くようにして顔で言った。これがすべて悠馬によって語られていたのならば、作り話だろうと笑い飛ばしていたかもしれない。
しかし、ほとんどの部分を語ったのは悠馬の兄の壮馬なのだ。今度大学生になる壮馬が、わざわざ中学生たちをだまして喜ぶとは考えられなかった。
「ってことは、あのトンネルには髪の長い女の人だけではなく、ワンボックスカーの幽霊も出るってこと? 車の幽霊って言いかたが合ってるかどうか知らないけど」
生徒会長の岡村さくらが声をひそめて聞くと、会計の浜松大雅が首をかしげた。
「しかし、車の幽霊と言えますかね。たまたま壮馬さんの車の前と後ろに同じような色と形の車が走っていただけじゃありませんか?」
「それは違う」悠馬がすぐさま否定した。「色と形だけじゃなく、ナンバープレートまでもが同じだったんだぜ。それにどちらも後部座席にたも網が積んであった。同じ車に間違いないって。その車が前に現れたときには、後ろには影も形もなかったんだから、1台に決まっている」
「同じ車だとしたら、その車がトンネルのなかで壮馬さんの車を追い越したんじゃないですか。そう考えるのがもっとも論理的だと思いますけど」
今度は壮馬が否定した。
「浜松くんだっけ、残念ながらそれはなかったと断言できる。そもそもトンネル内での追い越しは禁止されているし、片側1車線しかない狭い道路だから、追い越されたら絶対に気づいたはずだ。一般道ならよそ見をしていて追い越されたのに気づかなかったなんてことが絶対ないとも言い切れないけど、トンネルのなかではそれはありえないよ」
「壮馬さんがそこまでおっしゃるのなら、わかりました。追い越されたという仮説は撤回(てっかい)します」
大雅が折れたところで、さくらが別の疑問を投げかけた。
「でも、そのワンボックスカー、どこへ行こうとしていたんでしょうね。たも網なんか積んでいたんだから、K湖に釣りに行こうとしていたのかしら」
「K湖はゲンゴロウやガムシなど、水生昆虫の宝庫でもあるから、もしかしたら昆虫採集かも」
すかさず昆虫マニアぶりを発揮する庶務の北原翔に、悠馬があきれたように言った。
「車は幽霊だったんだから、どこへ行こうとしていたわけでもないよ。出現するのはトンネルの前後だけなんだもん。あのときだって車が背後に現れたのはトンネルに入る少し前からだったし、トンネルから出たときにはもう姿が見えなかった」
「あのトンネルで、ワンボックスカーの事故があったりしたんですか?」
さくらは壮馬に質問したが、答えたのは悠馬だった。
「一応ネットで調べたけど、わからなかった。もしかしたら、ネットなんかがあまり発達していなかった、昔に事故があったのかもしれない」
「その幽霊ワンボックスカーは昔の車だったんですか」
「それはなんともいえないなあ。あの手の車って昔からあまりデザインが変わっていないみたいだし」
「そっかあ......」
さくらは口をにごして、書記の大場心美に目をやった。心美はこれまで生徒会のまわりで起きた不思議な事件をいくつも解決してきた。今度もまた解き明かしてくれるのではないかと期待したのだ。
さくらが心美に視線を向けたのを見て、壮馬が話を振った。
「そういえばきみ、さっきなにか言おうとしていたよね。ぼくがEV(電気自動車)の今後の普及の見通しについてしゃべったあとだったと思うけど」
みんなの視線が心美に集まった。突然注目を浴び、恥ずかしがり屋の心美は顔をふせてしまった。
「電気自動車は大気汚染物質を排出しなくて、環境には優しいと思うんですけど、そこまで賞賛していいものなんだろうかと思って......」
「というと?」
「電気自動車を動かすためには、あたりまえですけど電気が必要ですよね。でも、日本ではまだまだ発電は火力発電に頼っていますよね。火力発電の燃料は石炭や液化天然ガスなどの化石燃料でしょう。結局、大量の電気を作るために、大量の二酸化炭素を出していることになりませんか?」
理路整然とした心美の発言に、壮馬が目を見張った。
「きみ、なかなか鋭いね。たしかにEVは環境にやさしいけど、その動力源である電気を作るために環境を悪くしているのでは、元も子もないね」
壮馬に認められ、ただでさえ赤らんでいた心美のほっぺたがトマトのように色づいた。心美がほめられたことでライバル心に火がついたのか、さくらが意見を述べた。
「それを言うなら、電気自動車を作る工場でも、大量の電気を使っているんじゃないでしょうか。現代の社会は電気なしには一歩も前に進めません。いかにしてクリーンな電気を作り出すかということが課題なのだと思います」
「さすが生徒会長」壮馬が持ちあげる。「ぼくも岡村さんの言うとおりだと思う。実はEVのほうがHVよりも製造段階でより多くの電気を必要とすると言われている。それを考えると、書記の大場さんだっけ、きみの言うようにEV化が進んだからといって、手放しで喜んでいいわけではない。
しかし、いつまでも化石燃料に頼っていてはいけない。二酸化炭素が地球にダメージを与えるのは間違いないし、そもそも化石燃料はいつかなくなってしまうものだ。現時点では、HVがいいのか、EVがいいのか、そのほかのエコカーがいいのかなんて、だれにもわからない。必要なのは車だけではなく今の世のなかを、化石燃料を使わなくてすむような社会に変革していくことなんだと思う。そうしないとぼくらの時代で地球がやばいことになってしまうかもしれない。ベストな方法をこれから一緒に考えていこうよ」
壮馬がさわやかな笑顔でそうまとめると、すぐに翔が手を挙げた。
「考えてみました」
「えっ、もう考えたの?」壮馬が目を丸くした。
「壮馬さんたちが見たワンボックスカーですけど、やっぱり虫捕りに行く途中だったんだと思います」
「そっちかよ!」とつっこみながら、悠馬がずっこける。
「ああ、その話ね」壮馬も内心のけぞりながら応じた。「どうしてそう思うのかな?」
「車のナンバーですよ。『1164』って、『イイムシ』って読めるじゃないですか」
「今度はダジャレかよ!」
悠馬が再びつっこみを入れたが、翔は真顔だった。
「いや、まじめな話なんで、聞いてくれよ。今って、車のナンバーを自分で希望することができるんですよね?」
「ああ」壮馬がうなずいた。「希望ナンバー制度といって、申請することができる。『1111』とか『8888』とか人気のある番号は抽選になるみたいだけど」
壮馬の言葉を聞き、翔がうなずいた。
「ですよね。虫屋......というのは昆虫愛好家のことですけど、その虫屋のなかでは語呂合わせで縁起がいいんで、『1164』がはやってたことがあるんですよ。おれの知ってる大学生の虫屋さんもたしかその番号でした」
「翔が言いたいのは、その大学生の虫屋さんがあのトンネルで事故死して、幽霊になって出ているってこと?」
まゆをひそめる悠馬に、翔は大きく首を横に振った。
「違うよ、勝手に殺すなよ。その虫屋の先輩、まだ生きてるし。ついこの前も虫捕りに連れていってもらったばかりで......あれ、先輩の車、そういえばシルバーのワンボックスカーじゃなかったかな。ちょっと確かめてくる」
翔はスマホを取り出すと、電話をかけるために少し離れたところへ移動した。その姿を見送って、心美が壮馬と悠馬に言った。
「北原くんの話を聞いて、私、ゴーストカーの正体がわかった気がします」
「マジかよ」と悠馬。「正体、教えてくれよ」
「その前に確認させてください。トンネルに入る前、後ろについていた『1164』の車は小刻みに揺れていたんですよね?」
「ああ、揺れていた。おれたちのEVをあおっているみたいだった」
悠馬は嫌な光景を思い出して顔をくもらせたが、心美はほほ笑んでいた。
「では、私の考えを述べます。結論から言えば、さっき浜松くんが言ったように、同じ車種で同じナンバーの車が2台あったんだと思います」
「いやでも......」
反論しようとする悠馬を、壮馬がさえぎった。
「まあ、聞いてみよう。大場さん、続けてくれる?」
「はい。なぜ同じ車が2台あったのか。それは運転手がともに虫屋で、連れ立ってK湖に昆虫採集に向かっていたからです。たぶん荷物がたくさん積めるワンボックスカーが道具の多い虫屋さんにとって使い勝手のいい車なのでしょう。
その日、2台は一緒に行動していたんだと思います。ところが先の車が交差点を通過したあと、後ろの車は赤信号につかまるか何かして、2台の間に壮馬さんが運転する車が偶然入ってしまった。壮馬さんは初心者だったうえに雨が降ってきたので、制限速度を下回るスピードで運転されていた。そのあいだに前のワンボックスカーのほうはどんどん先に行ってしまい、見えなくなった。一方、後ろのワンボックスカーのほうは仲間において行かれてあせっていた。それで思わずあおるような運転をしてしまった」
「それで揺れていたのか......」
悠馬は納得しそうだったが、心美の考えは異なっていた。
「揺れていたのは別の原因だと思います。後ろの車はいつのまにかパンクしてしまったんだと思います。父の車がパンクしたときに同乗していたことがあるので知っていますが、パンクしても車はしばらく走れますが、しだいに車体が揺れてきますよね。
壮馬さんたちがバックミラー越しに見たとき、後ろの車はそういう状態だったんだと思います。本当は道路のはじに停めて応急処置をしなければならないところですが、タイミング悪くトンネルに入ってしまった。トンネルのなかでは車はむやみに停められません」
「そっか、わかったぞ」壮馬が手を打った。「非常駐車帯に停めたんだな。トンネルの中でトラブルが起こったときに停止できるように、長いトンネルでは途中の何か所か、路肩に駐車スペースが設けられているんだ。後ろのワンボックスカーはそこに緊急停止して、パンクに対処したんだね」
「はい」心美が大きくうなずいたので、眼鏡が揺れた。「そのため後ろのワンボックスカーは視界から消えてしまった。一方、前に行ったほうの車はいつまで経っても仲間の車が来ないので、ようすをうかがうためにスピードを落として走行していた。そこへ壮馬さんの車が来たので、あわててスピードを上げ、トンネルを出たところのロードサイドにあった駐車スペースにでも車を停めて、仲間を待つことにした。激しい雨のせいもあって、壮馬さんはそれに気づかず、トンネルを出てそのままK湖へと向かった。これが真相だったのではないでしょうか」
「きみ、すごいね!」
壮馬が感心して拍手をしたとき、翔が駆けこんできた。
「おい、わかったぞ! そのときの車はやっぱり先輩だったみたい。しかも先輩の虫友も同じナンバーの同じ車種の車を持っててさ......」
「知ってるよ」悠馬が翔の口をふさぐ。「どっちかの車がパンクしたんだろ?」
マンガ イラスト©中山ゆき/コルク
■著者紹介■
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。
■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。
■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。
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