『鳥飼否宇「生徒会書記はときどき饒舌」
第1話 消えたツバメの謎(前編)』
二学期が始まって一週間が経とうとしていた。生徒会室では、会長をのぞく生徒会のメンバーたちが集まっていた。
生徒会室の引き戸が勢いよく開き、会長の岡村さくらが満面の笑みで入ってきた。額には汗が浮いている。
「お待たせ。あ、わたしが最後なのね。遅くなってごめん、ごめん」
さくらが加わるだけで、生徒会室のムードが明るくなった。それまで庶務の北原翔とゲームの話をしていた副会長の佐野悠馬が顔を上げ、さわやかな笑顔で迎える。
「これで全員そろったね。二学期最初の生徒会をはじめますか」
さくらと悠馬を中心に二学期の行事予定が確認され、その日の議題も尽きようとしていた。
「ほかになにか確認しておきたいことがありますか?」
さくらがメンバーの顔を見回す。すると、翔がぼそっと言った。
「2組の小清水、夏休み中にケンカして、左足を骨折したんだってな。それでまだ学校に来られないってホント?」
さくらが顔をくもらせる。
「相手は高校生だったんでしょ。しかも3人だって聞いた。小清水くん、無茶するなあ。3対1で勝てるはずなんてないのに」
「まったくです」会計の浜松大雅がタブレット端末から顔を上げ、首を縦に振った。「いつも問題ばかり起こして困ってしまいます。ケンカした理由については口をつぐんだまま。どうせ高校生相手にケンカ吹っかけて、武勇伝でも作ろうともくろんだところが失敗したとか。そんなしょうもない理由なのでしょうが。同じクラスの大場さん、なにか聞いてませんか?」
大雅が問い詰(つ)めるようにきくと、それまで部屋のすみでずっと本に目を落としていた書記の大場心美はうつむいて消え入るような声で、「べつに......」と答えた。
「あんなヤツのために、ぼくたち生徒会のメンバーが頭を悩まさなきゃなんないなんて、おかしくない? どっかほかの中学に転校してくれないかな。」
そのとき心美がふと顔を上げ、窓の外に視線を転じた。
「あ、ツバメ......」
そのことばに反応したさくらも窓の外に黒い鳥の姿を認めた。そして、悠馬に話しかけた。
「そういえば佐野くん、夏休みの自由研究はツバメの研究だったよね。優秀賞獲ったんだってね。すごいじゃん!」
「そうかな」悠馬が照れて、頭を掻(か)く。「たまたまだよ。たまたま」
「どんな内容なのですか?」大雅が興味深そうにきいた。
「わがS中校区でのツバメの子育てのようすをまとめてみた。どこにどれだけの巣があって、何羽のヒナが巣立ったか。それだけだと単なる観察記録になっちゃうから、3年前と比較して、どう変化したかを調べたんだ」
「すごい!」さくらが目を丸くした。「3年前から毎年調べてるの? それって小学生のときからずっと続けてたってこと?」
「ハハハ、意外とスゲーだろ、おれ」悠馬が腕組みをして胸を張った。と、ペロッと舌を出す。「ってのは冗談で、ほら、おれ、兄貴がいるだろ......」
「読めました」大雅が眼鏡に右手を添えた。「つまりお兄さまの自由研究の内容をパクったわけですね」
悠馬の兄、佐野壮馬は3年前のS中生徒会長であり、現生徒会のメンバーにもその名が轟(とどろ)いていた。
「いや、べつにパクったわけじゃなくって」悠馬が弁解する。「兄貴の研究を引き継いで、より深めたっつうか......」
翔が冷やかすような笑みを浮かべて口をはさんだ。
「偉大な兄さんがいると違うな。母さんから聞いたけど、壮馬さん、T大目指してるんだってね。やるなあ。それに比べて弟は......」
当の弟、悠馬が翔の振りに乗った。
「スポーツは万能だけど、学業の成績は今ひとつって、ほっといてくれ!」
ふざける悠馬と翔を楽しそうに見つめながら、さくらが話を戻す。
「つまり佐野くんは、お兄さんが3年前に取り組んだS中校区のツバメの調査と同じ調査をやって、その結果を比較したわけね。それだって十分、すごいじゃない!」
大雅が身を乗り出した。
「なるほど、なかなか興味深い。それで、なにがわかったのですか?」
「これを見てくれ」悠馬がスマホを取り出し、地図を表示した。「兄貴に頼んで、3年前の巣の場所と、今年の巣の場所を地図にマークしてもらったんだ。こちらの青い丸印が3年前に巣が確認された場所で」悠馬が画面をスワイプする。「こちらの赤い丸印が今年、おれが巣を見つけた場所。ずいぶん減っているだろう?」
「本当ね」さくらが同意した。「3年前はたくさん巣があるのに、今年は1、2、3......7か所しかない」
悠馬が補足する。
「正確には3年前は21か所確認されている。つまり、3年間で3分の1まで減ってしまったわけだ」
「それって単に、悠馬の探しかたが、壮馬さんに比べて下手だったってことなんじゃないの?」
翔がからかうと、悠馬はきっぱりと否定した。
「それはない。なぜなら、今年の巣探しにも兄貴に来てもらったからな。兄貴もずいぶん驚いてたよ。3年前はもっとたくさんあったのにって」
「結局、壮馬さんに手伝ってもらってるんじゃん。それで優秀賞って、ずりぃー」
人差し指を突きつける翔に、悠馬は開き直った。
「いや、おれは手伝ってなんて頼んでないし。気になるからって、兄貴が勝手についてきただけ」
大雅が割って入る。
「3分の1に減った原因はなんなのでしょうか。まさか、ただ巣が減りましたって結果を示しただけではないでしょう。優秀賞をもらったくらいですから、ちゃんと原因を分析したはずですよね」
「もちろん」悠馬が指を2本立てた。「原因は大きくふたつあると思う」
「カッコつけちゃって」と翔。「それもまたどうせ壮馬さんの受け売りだろ」
悠馬が翔を軽くこづいた。
「違うって。さすがに兄貴もそこまで手を貸しちゃいけないと思ったみたい。原因は自分で考えろってさ。で、おれなりに頭を絞って考えた。原因その1は、ツバメが巣を作れる場所が減ったこと」
悠馬が再びスマホに3年前の巣の場所がプロットされた地図を表示した。そして青い丸印が4つ集まっている場所を指差した。
「この4つの巣、今年はひとつもなかったんだけど、その理由はわかるよね」
さくらがスマホの画面に顔を寄せる。
「ここ、新しくマンションが建ったところだよね。浜松くん、そのマンションに住んでるんじゃなかったっけ」
「はい」大雅がうなずいた。「去年の3月に引っ越してきました。新築物件でしたが、マンションが建つ前は民家があったんですね」
「何軒か古い農家があった場所を新しく造成してマンションを建てたのよ。そっか、ツバメは民家の軒先に巣を作るから、マンションになっちゃうと巣を作れなくなっちゃうのね」
「なるほど、巣が減った理由のひとつは住宅事情の変化ですか」そう言いながら、大雅がタブレット端末で、S校区の地図を検索した。「ちょうど3年前の航空写真がありました。たしかに今、マンションがある場所には農家が6軒あったようです。農家の隣は田んぼだったみたいですね。これは溜池(ためいけ)でしょうか」
翔が画面をのぞき込む。
「農業用水の貯水池だね。ボク、そこでミズカマキリを捕まえたことがあるよ。田んぼも貯水池もつぶしちゃったから、いなくなっちゃったけどね」
「そういや、翔は今年の自由研究も昆虫採集だったらしいな。毎年毎年飽きないもんだね」
悠馬の皮肉は、翔には通じなかった。
「飽きるわけないよ。小4のときから夏休みの自由研究はずっと昆虫採集」
さくらは翔のことばをスルーして、話を戻した。
「でも、農家がなくなったせいでなくなったツバメの巣は4つだけ。残りの10個はどうしてなくなっちゃったの? 巣がなくなったのはどの辺だっけ?」
悠馬がスマホで青い点がプロットされた地図をもう一度表示した。そして、マンションの南側の商店街を指でぐるっとなぞってみせた。
「S町商店街にも昔はたくさんのツバメが巣を作っていたんだけど、今年はひとつも巣がなかったんだ」
「覚えてる。お店の入口の屋根の下のところにツバメの巣があったわ。そう言えば、今年は見なかった気がする」
「あの昔ながらの商店街ですか」大雅がタブレットに表示した地図を見つめる。「3年前はそのすぐ近くまで田んぼが広がっていたんですねえ。今は公園とミカン畑になっていますよね」
さくらがうなずいて、事情を語った。
「2年前だったかな。マンション用に土地を整備したとき、田んぼは埋め立てられて、公園になったの。農家でお米を作っていた人たちのほとんどは高齢だったので、そのときに土地を売って農業をやめちゃったんだけど、1軒だけは息子さん夫婦があとを継いだんだって。でも、田んぼは手間がかかって大変だってことで、ミカン畑にしたみたい。それはそうと、商店街は昔のままなのに、どうしてツバメがいなくなっちゃんだろう。エサが減ったのかしら? ツバメって、虫を食べるんだよね?」
「虫のことなら、毎年昆虫採集をやっているという北原くんに話をきくのが一番かと。どうでしょう、北原くん?」
大雅に水を向けられた翔は、わざとらしく咳(せき)払いをしてからおもむろに答えた。
「えー、S中の昆虫博士であるボクが意見を述べます。ボクに言わせれば、昆虫はそれほど減っていないと思います。たしかに水田や貯水池があったときは、さっきも言ったようにミズカマキリがいたし、トンボだってもっとたくさんの種類がいた気がする。それらの水生昆虫はいなくなったけど、セミとかコガネムシとかはまだたくさんいるよ。田んぼの一部がミカン畑になったおかげで、幼虫がミカンの葉を食べるアゲハチョウとかクロアゲハなんかは逆に増えたくらい」
「じゃあ、ツバメの巣が減ったふたつめの理由は? 佐野くん、もったいぶらずに教えてよ」
さくらの瞳(ひとみ)が好奇心で輝くのを見て、悠馬の胸が高鳴った。
「そんじゃ、ツバメの巣が減った原因その2を発表します。じゃーん、それは天敵が増えたからです!」
「なるほど、天敵ね」さくらがうなずく。「でも、ツバメの天敵ってなにかしら? タカとかワシとか?」
「ブーッ」と悠馬がブザーの音を口でまねる。「ツバメはすばしこいから、タカでもなかなか捕まえられないらしいぜ。ツバメの天敵はカラスだってさ」
「えっ、カラス? それって意外」
「だろ? カラスって生ゴミあさってる印象が強いけど、実は案外どう猛なんだぜ。鳥の巣を襲(おそ)って卵とかヒナとか食べちゃうらしい。カエルでもヘビでも平気で食べるんだってさ」 大雅がタブレット端末で「ツバメの天敵」を検索した。
「ホントだ。ツバメの天敵はカラスってネットにも出てる。つまり、こういうことでしょうか。昔は農家があったところにマンションができて、ツバメにとって巣を作りやすい場所が減ってしまった。そのうえ、住民が増えたおかげで生ゴミも増え、カラスも集まってくるようになった。そのカラスを恐れて、商店街のツバメたちもいなくなってしまった」
大雅の簡潔なまとめに、悠馬とさくらと翔が拍手を送る。と、ずっと4人の話に耳を傾けていた心美がおずおずと手を挙げた。
「あのぉ......」
「あらっ、大場さん、どうかしたの?」さくらが大きな目をさらに大きく見開いた。
恥ずかしそうに顔を伏せ、心美が小声で言った。
「そのふたつもツバメが減った原因だろうと思うんですけど、もっと大きな無視できない原因があるはずで......」
「もっと大きな原因がある? ガーン」悠馬がおどける。「それってなに?」
すると心美はスマホに目を落として、慌てて立ち上がった。
「やだ、もうこんな時間! ごめんなさい、わたし用事があるのであるので帰ります。くわしい説明は明日、ここでします!」
そう言い残すと、心美は逃げるように生徒会室から去っていった。残された4人はぽかんとしていた。
生徒会室の引き戸が勢いよく開き、会長の岡村さくらが満面の笑みで入ってきた。額には汗が浮いている。
「お待たせ。あ、わたしが最後なのね。遅くなってごめん、ごめん」
さくらが加わるだけで、生徒会室のムードが明るくなった。それまで庶務の北原翔とゲームの話をしていた副会長の佐野悠馬が顔を上げ、さわやかな笑顔で迎える。
「これで全員そろったね。二学期最初の生徒会をはじめますか」
さくらと悠馬を中心に二学期の行事予定が確認され、その日の議題も尽きようとしていた。
「ほかになにか確認しておきたいことがありますか?」
さくらがメンバーの顔を見回す。すると、翔がぼそっと言った。
「2組の小清水、夏休み中にケンカして、左足を骨折したんだってな。それでまだ学校に来られないってホント?」
さくらが顔をくもらせる。
「相手は高校生だったんでしょ。しかも3人だって聞いた。小清水くん、無茶するなあ。3対1で勝てるはずなんてないのに」
「まったくです」会計の浜松大雅がタブレット端末から顔を上げ、首を縦に振った。「いつも問題ばかり起こして困ってしまいます。ケンカした理由については口をつぐんだまま。どうせ高校生相手にケンカ吹っかけて、武勇伝でも作ろうともくろんだところが失敗したとか。そんなしょうもない理由なのでしょうが。同じクラスの大場さん、なにか聞いてませんか?」
大雅が問い詰(つ)めるようにきくと、それまで部屋のすみでずっと本に目を落としていた書記の大場心美はうつむいて消え入るような声で、「べつに......」と答えた。
「あんなヤツのために、ぼくたち生徒会のメンバーが頭を悩まさなきゃなんないなんて、おかしくない? どっかほかの中学に転校してくれないかな。」
そのとき心美がふと顔を上げ、窓の外に視線を転じた。
「あ、ツバメ......」
そのことばに反応したさくらも窓の外に黒い鳥の姿を認めた。そして、悠馬に話しかけた。
「そういえば佐野くん、夏休みの自由研究はツバメの研究だったよね。優秀賞獲ったんだってね。すごいじゃん!」
「そうかな」悠馬が照れて、頭を掻(か)く。「たまたまだよ。たまたま」
「どんな内容なのですか?」大雅が興味深そうにきいた。
「わがS中校区でのツバメの子育てのようすをまとめてみた。どこにどれだけの巣があって、何羽のヒナが巣立ったか。それだけだと単なる観察記録になっちゃうから、3年前と比較して、どう変化したかを調べたんだ」
「すごい!」さくらが目を丸くした。「3年前から毎年調べてるの? それって小学生のときからずっと続けてたってこと?」
「ハハハ、意外とスゲーだろ、おれ」悠馬が腕組みをして胸を張った。と、ペロッと舌を出す。「ってのは冗談で、ほら、おれ、兄貴がいるだろ......」
「読めました」大雅が眼鏡に右手を添えた。「つまりお兄さまの自由研究の内容をパクったわけですね」
悠馬の兄、佐野壮馬は3年前のS中生徒会長であり、現生徒会のメンバーにもその名が轟(とどろ)いていた。
「いや、べつにパクったわけじゃなくって」悠馬が弁解する。「兄貴の研究を引き継いで、より深めたっつうか......」
翔が冷やかすような笑みを浮かべて口をはさんだ。
「偉大な兄さんがいると違うな。母さんから聞いたけど、壮馬さん、T大目指してるんだってね。やるなあ。それに比べて弟は......」
当の弟、悠馬が翔の振りに乗った。
「スポーツは万能だけど、学業の成績は今ひとつって、ほっといてくれ!」
ふざける悠馬と翔を楽しそうに見つめながら、さくらが話を戻す。
「つまり佐野くんは、お兄さんが3年前に取り組んだS中校区のツバメの調査と同じ調査をやって、その結果を比較したわけね。それだって十分、すごいじゃない!」
大雅が身を乗り出した。
「なるほど、なかなか興味深い。それで、なにがわかったのですか?」
「これを見てくれ」悠馬がスマホを取り出し、地図を表示した。「兄貴に頼んで、3年前の巣の場所と、今年の巣の場所を地図にマークしてもらったんだ。こちらの青い丸印が3年前に巣が確認された場所で」悠馬が画面をスワイプする。「こちらの赤い丸印が今年、おれが巣を見つけた場所。ずいぶん減っているだろう?」
「本当ね」さくらが同意した。「3年前はたくさん巣があるのに、今年は1、2、3......7か所しかない」
悠馬が補足する。
「正確には3年前は21か所確認されている。つまり、3年間で3分の1まで減ってしまったわけだ」
「それって単に、悠馬の探しかたが、壮馬さんに比べて下手だったってことなんじゃないの?」
翔がからかうと、悠馬はきっぱりと否定した。
「それはない。なぜなら、今年の巣探しにも兄貴に来てもらったからな。兄貴もずいぶん驚いてたよ。3年前はもっとたくさんあったのにって」
「結局、壮馬さんに手伝ってもらってるんじゃん。それで優秀賞って、ずりぃー」
人差し指を突きつける翔に、悠馬は開き直った。
「いや、おれは手伝ってなんて頼んでないし。気になるからって、兄貴が勝手についてきただけ」
大雅が割って入る。
「3分の1に減った原因はなんなのでしょうか。まさか、ただ巣が減りましたって結果を示しただけではないでしょう。優秀賞をもらったくらいですから、ちゃんと原因を分析したはずですよね」
「もちろん」悠馬が指を2本立てた。「原因は大きくふたつあると思う」
「カッコつけちゃって」と翔。「それもまたどうせ壮馬さんの受け売りだろ」
悠馬が翔を軽くこづいた。
「違うって。さすがに兄貴もそこまで手を貸しちゃいけないと思ったみたい。原因は自分で考えろってさ。で、おれなりに頭を絞って考えた。原因その1は、ツバメが巣を作れる場所が減ったこと」
悠馬が再びスマホに3年前の巣の場所がプロットされた地図を表示した。そして青い丸印が4つ集まっている場所を指差した。
「この4つの巣、今年はひとつもなかったんだけど、その理由はわかるよね」
さくらがスマホの画面に顔を寄せる。
「ここ、新しくマンションが建ったところだよね。浜松くん、そのマンションに住んでるんじゃなかったっけ」
「はい」大雅がうなずいた。「去年の3月に引っ越してきました。新築物件でしたが、マンションが建つ前は民家があったんですね」
「何軒か古い農家があった場所を新しく造成してマンションを建てたのよ。そっか、ツバメは民家の軒先に巣を作るから、マンションになっちゃうと巣を作れなくなっちゃうのね」
「なるほど、巣が減った理由のひとつは住宅事情の変化ですか」そう言いながら、大雅がタブレット端末で、S校区の地図を検索した。「ちょうど3年前の航空写真がありました。たしかに今、マンションがある場所には農家が6軒あったようです。農家の隣は田んぼだったみたいですね。これは溜池(ためいけ)でしょうか」
翔が画面をのぞき込む。
「農業用水の貯水池だね。ボク、そこでミズカマキリを捕まえたことがあるよ。田んぼも貯水池もつぶしちゃったから、いなくなっちゃったけどね」
「そういや、翔は今年の自由研究も昆虫採集だったらしいな。毎年毎年飽きないもんだね」
悠馬の皮肉は、翔には通じなかった。
「飽きるわけないよ。小4のときから夏休みの自由研究はずっと昆虫採集」
さくらは翔のことばをスルーして、話を戻した。
「でも、農家がなくなったせいでなくなったツバメの巣は4つだけ。残りの10個はどうしてなくなっちゃったの? 巣がなくなったのはどの辺だっけ?」
悠馬がスマホで青い点がプロットされた地図をもう一度表示した。そして、マンションの南側の商店街を指でぐるっとなぞってみせた。
「S町商店街にも昔はたくさんのツバメが巣を作っていたんだけど、今年はひとつも巣がなかったんだ」
「覚えてる。お店の入口の屋根の下のところにツバメの巣があったわ。そう言えば、今年は見なかった気がする」
「あの昔ながらの商店街ですか」大雅がタブレットに表示した地図を見つめる。「3年前はそのすぐ近くまで田んぼが広がっていたんですねえ。今は公園とミカン畑になっていますよね」
さくらがうなずいて、事情を語った。
「2年前だったかな。マンション用に土地を整備したとき、田んぼは埋め立てられて、公園になったの。農家でお米を作っていた人たちのほとんどは高齢だったので、そのときに土地を売って農業をやめちゃったんだけど、1軒だけは息子さん夫婦があとを継いだんだって。でも、田んぼは手間がかかって大変だってことで、ミカン畑にしたみたい。それはそうと、商店街は昔のままなのに、どうしてツバメがいなくなっちゃんだろう。エサが減ったのかしら? ツバメって、虫を食べるんだよね?」
「虫のことなら、毎年昆虫採集をやっているという北原くんに話をきくのが一番かと。どうでしょう、北原くん?」
大雅に水を向けられた翔は、わざとらしく咳(せき)払いをしてからおもむろに答えた。
「えー、S中の昆虫博士であるボクが意見を述べます。ボクに言わせれば、昆虫はそれほど減っていないと思います。たしかに水田や貯水池があったときは、さっきも言ったようにミズカマキリがいたし、トンボだってもっとたくさんの種類がいた気がする。それらの水生昆虫はいなくなったけど、セミとかコガネムシとかはまだたくさんいるよ。田んぼの一部がミカン畑になったおかげで、幼虫がミカンの葉を食べるアゲハチョウとかクロアゲハなんかは逆に増えたくらい」
「じゃあ、ツバメの巣が減ったふたつめの理由は? 佐野くん、もったいぶらずに教えてよ」
さくらの瞳(ひとみ)が好奇心で輝くのを見て、悠馬の胸が高鳴った。
「そんじゃ、ツバメの巣が減った原因その2を発表します。じゃーん、それは天敵が増えたからです!」
「なるほど、天敵ね」さくらがうなずく。「でも、ツバメの天敵ってなにかしら? タカとかワシとか?」
「ブーッ」と悠馬がブザーの音を口でまねる。「ツバメはすばしこいから、タカでもなかなか捕まえられないらしいぜ。ツバメの天敵はカラスだってさ」
「えっ、カラス? それって意外」
「だろ? カラスって生ゴミあさってる印象が強いけど、実は案外どう猛なんだぜ。鳥の巣を襲(おそ)って卵とかヒナとか食べちゃうらしい。カエルでもヘビでも平気で食べるんだってさ」 大雅がタブレット端末で「ツバメの天敵」を検索した。
「ホントだ。ツバメの天敵はカラスってネットにも出てる。つまり、こういうことでしょうか。昔は農家があったところにマンションができて、ツバメにとって巣を作りやすい場所が減ってしまった。そのうえ、住民が増えたおかげで生ゴミも増え、カラスも集まってくるようになった。そのカラスを恐れて、商店街のツバメたちもいなくなってしまった」
大雅の簡潔なまとめに、悠馬とさくらと翔が拍手を送る。と、ずっと4人の話に耳を傾けていた心美がおずおずと手を挙げた。
「あのぉ......」
「あらっ、大場さん、どうかしたの?」さくらが大きな目をさらに大きく見開いた。
恥ずかしそうに顔を伏せ、心美が小声で言った。
「そのふたつもツバメが減った原因だろうと思うんですけど、もっと大きな無視できない原因があるはずで......」
「もっと大きな原因がある? ガーン」悠馬がおどける。「それってなに?」
すると心美はスマホに目を落として、慌てて立ち上がった。
「やだ、もうこんな時間! ごめんなさい、わたし用事があるのであるので帰ります。くわしい説明は明日、ここでします!」
そう言い残すと、心美は逃げるように生徒会室から去っていった。残された4人はぽかんとしていた。
マンガ イラスト©中山ゆき/コルク
■著者紹介■
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。
■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。
■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。
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