『鳥飼否宇「生徒会書記はときどき饒舌」
第10話 あるアライグマの死(前編)』
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- アタマをきたえる
- 2023.05.31
青空が広がるその日曜日、S中生徒会メンバーは朝8時から星野達男の田んぼに集合することになっていた。待ちに待った田植えの日がやってきたのだ。農作業にそなえて一同は汚れてもいいような服装に長靴といういで立ちで、手には軍手をはめていた。すでにほとんどのメンバーが集まって談笑していた。
「夜中すごい雨だったでしょ、心配していたんだけど雨が上がってよかった」
生徒会長の岡村さくらの言葉に、会計の浜松大雅があくびをしながら応じた。
「ホントですね。かなり激しい雨で雷まで鳴っていたでしょ。なかなか寝つけなかったので、今朝は寝不足です」
「それにしても、悠馬のやつ遅いな。寝坊したんじゃないかな」
庶務の北原翔が副会長の佐野悠馬に電話をかけようとしたとき、当の本人が自転車でやってきた。悠馬は電動アシスト自転車に乗っていた。
「ごめん、ごめん、すっかり遅くなっちゃって」
「どうしたんだよ、ゆうべの雷が怖くて、寝つけなかったんじゃないのか?」
「ん?」悠馬はぽかんとしていた。「雷なんて鳴ってたっけ?」
「夜中、けっこうな勢いで鳴ってたじゃない。え、気づかなかったの?」
さくらに言われても、悠馬は首をかしげるばかりだった。
「そうだったんだ。おれ、眠りが深いから、一度寝ちゃったらそう簡単に起きないんだよね」
「平和なやつだな」翔がからかう。「雷に気がつかないほど熟睡して、そのまま寝坊したのかよ。寝すぎだろ!」
「違うんだ」悠馬が反論した。「おれんち、ゆうべはひとりだけで......」
今日は悠馬の両親が結婚してちょうど25周年の銀婚式にあたる。それを祝うため、両親は昨日の土曜日から1泊で夫婦水入らずの旅行に出かけた。悠馬には4歳年上の壮馬という兄がいたが。この春から大学生となり、東京でひとり暮らしをしていた。そのため、昨夜は悠馬ひとりだけだったのだ。
「だから昨日の寝る前、7時にご飯が炊きあがるように炊飯器のタイマーをセットして寝たんだ。今朝はスマホの目覚ましでちゃんと7時に起きたんだけど、なんとご飯ができていなかった。炊飯器なんてふだんめったにあつかわないから、タイマー予約のやり方を間違えたみたいなんだ。今日のお昼ご飯はおにぎりを作って持ってくるつもりが、それでおじゃん。それで家を出ようとしたら、車庫のところでアライグマが死んでてさ。カラスとかに見つからないように、とりあえずブルーシートをかけてきたけど、そんなのにまた時間を取られて、昼食のおにぎりを買うのにコンビニに寄るのにも時間がかかったわけ。おまけに朝ごはん食べてないからかどうか知らないけど、力が出なくってさ。自転車をこぐ力も出なくってスピードが上がらず、到着が遅くなってしまったってんだ」
「結局、ご飯が炊きあがっていなかったから遅刻したということですか。北原くんが言うように平和なものですね」
大雅が簡潔にまとめ、一同に笑みがこぼれた。ひとしきり笑ったところで、星野虎太郎がみんなに言った。
「それじゃ、そろそろ田植えをはじめませんか。じいちゃんもお待ちかねです」
虎太郎は悠馬の隣の家に住んでおり、幼いころから一緒によく遊んでいた。学年は悠馬よりひとつ下で現在2年生だったが、その縁もあって生徒会にはよく出入りしていた。虎太郎の祖父の達男が農家だったため、使っていなかった田んぼを整備しなおして、生徒会メンバー中心にS中の田んぼを作ろうという話が昨年の秋に持ち上がり、今日に至っていた。
生徒会メンバーは誰も田植えをやったことがなかった。みんなが初体験である。はだしで泥の中に入ると、足が泥にうまってひんやり冷たく、なんとも言えない気持ちよさがあった。これだけで一同のテンションが上がった。
しかし、ここでも悠馬が失敗をやらかしてしまった。悠馬は田植えのようすをビデオ撮影し、S中生徒会の活動として、動画投稿サイトにアップする役割だったのだが......。
「おっかしいな、スイッチが入らない」
しきりにビデオカメラをいじっている悠馬に、翔が聞いた。
「どうしたんだよ?」
「この前、練習したときにはちゃんとうまくいったんだけど......」
「どれどれ貸してみろよ」
翔が代わったが、やはりビデオカメラは動かなかった。
「これ、充電が切れただけじゃないの?」
横で見ていたさくらが言ったが、悠馬は否定した。
「そんなことはないよ。ちゃんと充電したから。充電しているときはパイロットランプがついて完了すると消えるんだけど、昨夜寝るときランプがついているのを確認したもん。今朝はもちろん消えていたし」
「じゃあ、故障しちゃったのかもね。仕方ないから、スマホで録画したら?」
「そうだね。そうするよ」
結局、悠馬は田植え作業の様子をスマホで撮影することになった。全員が横に並んで、中腰になって稲を植えていく。植えると後ずさりしてまた植える。これの繰り返しだった。それぞれの植えるペースが異なるので、最初は横一線だったのが次第にバラバラになっていく。一番早いのが星野達男というのは当然の結果だったが、その次に健闘しているのが書記の大場心美なのは意外だった。おしゃべりせずに黙々と手を動かしていた。反対に翔と虎太郎はむだ話ばかりしていたので、なかなか進まなかった。
後ろに進まなければならないため、まっすぐ進んでいるつもりでも少しずつ左右にそれていく。稲の列がだんだん曲がっていって、やがてさくらと大雅がぶつかってしまった。その勢いで、大雅が泥に中に転んだ。みんなの笑い声が青空の下に響いたところで、達男が言った。
「ちょっと休憩にしようか」
一同、田植えの手を止めて、あぜ道に腰かけた。達男がみんなにペットボトルのお茶を渡した。転んでしまった大雅は服が泥だらけだった。
「浜松を押し飛ばすなんて、生徒会長、案外パワフルなんだな。あの場面、しっかりスマホの動画でおさえておいたよ」
悠馬がからかうと、さくらは顔を赤らめた。
「そんなことないわよ。浜松くんが勝手にバランスをくずしただけだから! それよりも星野さん、田植えって重労働なんですね。ずっと腰をかがめてなければならないから、痛くなってしまいました」
「ハッハッハ」達男がゆかいそうに笑う。「いい若者が情けないこと、言わないでくれよ。田植機なんて機械もあるけど、これくらいの面積の田んぼならば人力でやったほうが早いだろうな」
「この前、電気自動車の話が出たでしょ」さくらが話題を変えた。「田植機とか耕運機とかの農業機械も電気化が進んでいるのかしら」
「ああ、それ、気になったので、この前調べてみました」そう言う大雅の眼鏡のレンズには泥がはねていた。「電動トラクターとか研究されているみたいです。農業機械だけでなく、油圧ショベルなどの建設機械でも開発が進んでいるらしい。でも、普通の自動車に比べてパワーが必要なので、実用化には課題があるみたいです。急速に充電しなきゃいけないし、ハイパワーのモーターも必要だし」
悠馬が自分の乗ってきた自転車に目をやった。
「自転車くらいなら簡単なんだけどね。自宅で簡単に充電できるから」
「悠馬んちって、車もEV(電気自動車)だったよな」この前、兄の壮馬が乗っていたのを翔が思い出した。「あれも家で充電してるの?」
「ああ、そうだよ。家の壁から充電用のケーブルがのびていて、車庫で充電できるようになっているんだ。今日は両親が乗って旅行中だけどね。そんなときはガソリンスタンドやショッピングセンターの充電スポットを使うんだ」
「車庫で死んでたのって、アライグマじゃなくてタヌキじゃないの? EVがタヌキに化けたんだよ」
翔がからかうと、すぐに悠馬が反論した。 「いや、絶対アライグマの死体だった。それに、タヌキがEVに化けるのならともかく、EVがタヌキに化けるはずないだろ!」
「タヌキも化けたりしませんけどね」大雅が冷静に指摘した。「それにしてもEVといい、電動アシスト自転車といい、佐野家は電化が進んでますね」
悠馬がうなずきながら胸を張った。
「ああ、うちはキッチンもオール電化だからね」
「それって電気代がバカにならないんじゃないの。電気料金が値上げして家計が大変って、うちのかあちゃん嘆いていたもん」
翔のひと言に、虎太郎が同調する。
「うちのお母さんも同じこと言ってた。でも、悠馬先輩んちには屋根に太陽光発電の設備がついてますよね。家の電気はあれで十分なんですか?」
悠馬が苦笑いした。
「ああ、ソーラーパネルね。うちは電気の使用量が多いから、とてもあれだけではまかなえないよ。少し足しになっているくらいかな。それでも発電した電気があまったときには、電力会社に売ったりもしてるんだ。使用料金に比べたらすずめの涙ほどらしいけどね。さて、今何時かな」
悠馬がスマホを取り出し、時刻を確認しようとした。ところが画面は真っ暗でなにも表示されていなかった。
「あれっ、なんだ? 今度はスマホの電源が落ちてる」
悠馬は電源スイッチを押したが、スマホは起動しない。
「今日はいったいどうしたんだ? やることなすこと全部調子が悪いや」
悠馬がぼやくのを聞いて、大雅が手をあげた。
「わかりました!」
「わかったって何が?」
「佐野くんの不調の原因ですよ」
「不調の原因? そんなのに原因があるの?」
翔に疑いの目を向けられ、大雅が眼鏡に手を添えた。いつもだったらサマになるそのポーズも、レンズに泥のついた眼鏡ではちょっととぼけて見えた。それでも大雅は気にせず言った。
「停電ですよ!」
「ん、停電って?」悠馬が聞き返す。
「佐野くんは熟睡して気づかなかったかもしれませんが、昨夜は雷雨でした。雷がかなり激しく鳴っていました。それで佐野くんの住んでいる地域は停電したんですよ、きっと」
「寝てる間に停電したら気づかなかったかもしれないけど、それが......そっか、わかった......ビデオカメラの充電をしたつもりが、停電で充電できてなかったってことか!」
「そのとおり」大雅が会心の笑みを浮かべた。「スマホのほうは少しバッテリーが残っていたけど、フルではなかったので、目覚ましとビデオ撮影で使い切ってしまったのでしょう」
「なるほどね」
「朝、ご飯が炊けていなかったのも、佐野くんが予約のしかたを間違えたのではなく、停電のせいだと考えられます。ちなみに、その電動アシスト自転車も昨夜充電していたんじゃないですか?」
「ああ、そうだ。そっか、実際は充電できていなかったから、今朝はアシスト機能がきかず、ペダルが重かったわけか。なんだ、全部、停電のせいだったんだ! 原因がわかってすっきりしたぜ、ありがとな、浜松!」
「いえ、どういたしまして」
大雅が照れたとき、それまでじっとみんなの話に耳を傾けていた心美が遠慮がちに言った。
「あのぉ......佐野くんの家と星野くんの家はお隣どうしなんですよね。その地域が停電したのなら、星野くんの家でも停電があったんでしょうか?」
「思い出しました」虎太郎がパンと手を打った。「停電したってお父さんが言ってました。でも、夜中だったのでほとんど影響なくてよかったって」
「なんだよ、それを先に言えよ」悠馬のひと言でみんなが笑った。
「夜中すごい雨だったでしょ、心配していたんだけど雨が上がってよかった」
生徒会長の岡村さくらの言葉に、会計の浜松大雅があくびをしながら応じた。
「ホントですね。かなり激しい雨で雷まで鳴っていたでしょ。なかなか寝つけなかったので、今朝は寝不足です」
「それにしても、悠馬のやつ遅いな。寝坊したんじゃないかな」
庶務の北原翔が副会長の佐野悠馬に電話をかけようとしたとき、当の本人が自転車でやってきた。悠馬は電動アシスト自転車に乗っていた。
「ごめん、ごめん、すっかり遅くなっちゃって」
「どうしたんだよ、ゆうべの雷が怖くて、寝つけなかったんじゃないのか?」
「ん?」悠馬はぽかんとしていた。「雷なんて鳴ってたっけ?」
「夜中、けっこうな勢いで鳴ってたじゃない。え、気づかなかったの?」
さくらに言われても、悠馬は首をかしげるばかりだった。
「そうだったんだ。おれ、眠りが深いから、一度寝ちゃったらそう簡単に起きないんだよね」
「平和なやつだな」翔がからかう。「雷に気がつかないほど熟睡して、そのまま寝坊したのかよ。寝すぎだろ!」
「違うんだ」悠馬が反論した。「おれんち、ゆうべはひとりだけで......」
今日は悠馬の両親が結婚してちょうど25周年の銀婚式にあたる。それを祝うため、両親は昨日の土曜日から1泊で夫婦水入らずの旅行に出かけた。悠馬には4歳年上の壮馬という兄がいたが。この春から大学生となり、東京でひとり暮らしをしていた。そのため、昨夜は悠馬ひとりだけだったのだ。
「だから昨日の寝る前、7時にご飯が炊きあがるように炊飯器のタイマーをセットして寝たんだ。今朝はスマホの目覚ましでちゃんと7時に起きたんだけど、なんとご飯ができていなかった。炊飯器なんてふだんめったにあつかわないから、タイマー予約のやり方を間違えたみたいなんだ。今日のお昼ご飯はおにぎりを作って持ってくるつもりが、それでおじゃん。それで家を出ようとしたら、車庫のところでアライグマが死んでてさ。カラスとかに見つからないように、とりあえずブルーシートをかけてきたけど、そんなのにまた時間を取られて、昼食のおにぎりを買うのにコンビニに寄るのにも時間がかかったわけ。おまけに朝ごはん食べてないからかどうか知らないけど、力が出なくってさ。自転車をこぐ力も出なくってスピードが上がらず、到着が遅くなってしまったってんだ」
「結局、ご飯が炊きあがっていなかったから遅刻したということですか。北原くんが言うように平和なものですね」
大雅が簡潔にまとめ、一同に笑みがこぼれた。ひとしきり笑ったところで、星野虎太郎がみんなに言った。
「それじゃ、そろそろ田植えをはじめませんか。じいちゃんもお待ちかねです」
虎太郎は悠馬の隣の家に住んでおり、幼いころから一緒によく遊んでいた。学年は悠馬よりひとつ下で現在2年生だったが、その縁もあって生徒会にはよく出入りしていた。虎太郎の祖父の達男が農家だったため、使っていなかった田んぼを整備しなおして、生徒会メンバー中心にS中の田んぼを作ろうという話が昨年の秋に持ち上がり、今日に至っていた。
生徒会メンバーは誰も田植えをやったことがなかった。みんなが初体験である。はだしで泥の中に入ると、足が泥にうまってひんやり冷たく、なんとも言えない気持ちよさがあった。これだけで一同のテンションが上がった。
しかし、ここでも悠馬が失敗をやらかしてしまった。悠馬は田植えのようすをビデオ撮影し、S中生徒会の活動として、動画投稿サイトにアップする役割だったのだが......。
「おっかしいな、スイッチが入らない」
しきりにビデオカメラをいじっている悠馬に、翔が聞いた。
「どうしたんだよ?」
「この前、練習したときにはちゃんとうまくいったんだけど......」
「どれどれ貸してみろよ」
翔が代わったが、やはりビデオカメラは動かなかった。
「これ、充電が切れただけじゃないの?」
横で見ていたさくらが言ったが、悠馬は否定した。
「そんなことはないよ。ちゃんと充電したから。充電しているときはパイロットランプがついて完了すると消えるんだけど、昨夜寝るときランプがついているのを確認したもん。今朝はもちろん消えていたし」
「じゃあ、故障しちゃったのかもね。仕方ないから、スマホで録画したら?」
「そうだね。そうするよ」
結局、悠馬は田植え作業の様子をスマホで撮影することになった。全員が横に並んで、中腰になって稲を植えていく。植えると後ずさりしてまた植える。これの繰り返しだった。それぞれの植えるペースが異なるので、最初は横一線だったのが次第にバラバラになっていく。一番早いのが星野達男というのは当然の結果だったが、その次に健闘しているのが書記の大場心美なのは意外だった。おしゃべりせずに黙々と手を動かしていた。反対に翔と虎太郎はむだ話ばかりしていたので、なかなか進まなかった。
後ろに進まなければならないため、まっすぐ進んでいるつもりでも少しずつ左右にそれていく。稲の列がだんだん曲がっていって、やがてさくらと大雅がぶつかってしまった。その勢いで、大雅が泥に中に転んだ。みんなの笑い声が青空の下に響いたところで、達男が言った。
「ちょっと休憩にしようか」
一同、田植えの手を止めて、あぜ道に腰かけた。達男がみんなにペットボトルのお茶を渡した。転んでしまった大雅は服が泥だらけだった。
「浜松を押し飛ばすなんて、生徒会長、案外パワフルなんだな。あの場面、しっかりスマホの動画でおさえておいたよ」
悠馬がからかうと、さくらは顔を赤らめた。
「そんなことないわよ。浜松くんが勝手にバランスをくずしただけだから! それよりも星野さん、田植えって重労働なんですね。ずっと腰をかがめてなければならないから、痛くなってしまいました」
「ハッハッハ」達男がゆかいそうに笑う。「いい若者が情けないこと、言わないでくれよ。田植機なんて機械もあるけど、これくらいの面積の田んぼならば人力でやったほうが早いだろうな」
「この前、電気自動車の話が出たでしょ」さくらが話題を変えた。「田植機とか耕運機とかの農業機械も電気化が進んでいるのかしら」
「ああ、それ、気になったので、この前調べてみました」そう言う大雅の眼鏡のレンズには泥がはねていた。「電動トラクターとか研究されているみたいです。農業機械だけでなく、油圧ショベルなどの建設機械でも開発が進んでいるらしい。でも、普通の自動車に比べてパワーが必要なので、実用化には課題があるみたいです。急速に充電しなきゃいけないし、ハイパワーのモーターも必要だし」
悠馬が自分の乗ってきた自転車に目をやった。
「自転車くらいなら簡単なんだけどね。自宅で簡単に充電できるから」
「悠馬んちって、車もEV(電気自動車)だったよな」この前、兄の壮馬が乗っていたのを翔が思い出した。「あれも家で充電してるの?」
「ああ、そうだよ。家の壁から充電用のケーブルがのびていて、車庫で充電できるようになっているんだ。今日は両親が乗って旅行中だけどね。そんなときはガソリンスタンドやショッピングセンターの充電スポットを使うんだ」
「車庫で死んでたのって、アライグマじゃなくてタヌキじゃないの? EVがタヌキに化けたんだよ」
翔がからかうと、すぐに悠馬が反論した。 「いや、絶対アライグマの死体だった。それに、タヌキがEVに化けるのならともかく、EVがタヌキに化けるはずないだろ!」
「タヌキも化けたりしませんけどね」大雅が冷静に指摘した。「それにしてもEVといい、電動アシスト自転車といい、佐野家は電化が進んでますね」
悠馬がうなずきながら胸を張った。
「ああ、うちはキッチンもオール電化だからね」
「それって電気代がバカにならないんじゃないの。電気料金が値上げして家計が大変って、うちのかあちゃん嘆いていたもん」
翔のひと言に、虎太郎が同調する。
「うちのお母さんも同じこと言ってた。でも、悠馬先輩んちには屋根に太陽光発電の設備がついてますよね。家の電気はあれで十分なんですか?」
悠馬が苦笑いした。
「ああ、ソーラーパネルね。うちは電気の使用量が多いから、とてもあれだけではまかなえないよ。少し足しになっているくらいかな。それでも発電した電気があまったときには、電力会社に売ったりもしてるんだ。使用料金に比べたらすずめの涙ほどらしいけどね。さて、今何時かな」
悠馬がスマホを取り出し、時刻を確認しようとした。ところが画面は真っ暗でなにも表示されていなかった。
「あれっ、なんだ? 今度はスマホの電源が落ちてる」
悠馬は電源スイッチを押したが、スマホは起動しない。
「今日はいったいどうしたんだ? やることなすこと全部調子が悪いや」
悠馬がぼやくのを聞いて、大雅が手をあげた。
「わかりました!」
「わかったって何が?」
「佐野くんの不調の原因ですよ」
「不調の原因? そんなのに原因があるの?」
翔に疑いの目を向けられ、大雅が眼鏡に手を添えた。いつもだったらサマになるそのポーズも、レンズに泥のついた眼鏡ではちょっととぼけて見えた。それでも大雅は気にせず言った。
「停電ですよ!」
「ん、停電って?」悠馬が聞き返す。
「佐野くんは熟睡して気づかなかったかもしれませんが、昨夜は雷雨でした。雷がかなり激しく鳴っていました。それで佐野くんの住んでいる地域は停電したんですよ、きっと」
「寝てる間に停電したら気づかなかったかもしれないけど、それが......そっか、わかった......ビデオカメラの充電をしたつもりが、停電で充電できてなかったってことか!」
「そのとおり」大雅が会心の笑みを浮かべた。「スマホのほうは少しバッテリーが残っていたけど、フルではなかったので、目覚ましとビデオ撮影で使い切ってしまったのでしょう」
「なるほどね」
「朝、ご飯が炊けていなかったのも、佐野くんが予約のしかたを間違えたのではなく、停電のせいだと考えられます。ちなみに、その電動アシスト自転車も昨夜充電していたんじゃないですか?」
「ああ、そうだ。そっか、実際は充電できていなかったから、今朝はアシスト機能がきかず、ペダルが重かったわけか。なんだ、全部、停電のせいだったんだ! 原因がわかってすっきりしたぜ、ありがとな、浜松!」
「いえ、どういたしまして」
大雅が照れたとき、それまでじっとみんなの話に耳を傾けていた心美が遠慮がちに言った。
「あのぉ......佐野くんの家と星野くんの家はお隣どうしなんですよね。その地域が停電したのなら、星野くんの家でも停電があったんでしょうか?」
「思い出しました」虎太郎がパンと手を打った。「停電したってお父さんが言ってました。でも、夜中だったのでほとんど影響なくてよかったって」
「なんだよ、それを先に言えよ」悠馬のひと言でみんなが笑った。
マンガ イラスト©中山ゆき/コルク
■著者紹介■
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。
■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。
■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。
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